この一人旅を振り返って(チベット編)

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暴動からも復興しつつあり、新しいホテルもたくさんできてるようですね(2016年6月、チベットへの行き方を検索してくる人が毎日いて、又チベットへ行く人が増えていることが良く分かります)。

巻き込まれてしまった人たちの命が戻ることもなし、自分の行った国や都市が悲しい経験をしたと聞くのは、いつも胸が痛みます。

特にこのチベット旅行は、私自身にとっても大事なものだったので。

私は疲れていると、「難しい国」へ行こうとします。何をもって「難しい」とするかは人によるだろうけど、チベットは私にとって難しい場所であり、「呼ばれた」場所でもあると思っています。

愛する人が、チベットへ行く二か月ほど前に他界していました。人は皆死ぬからではなく、その人はずっと病院にいたから、その死は分かっていたことでした。

人は突然死ぬ方が、まわりの人が幸せだと誰かが言っていました。毎日毎日その人が死ぬかもしれないと思いながら生きているのは、計り知れないストレスだからって。常に死と隣り合わせだからって。それが愛する人ならば、愛する人の死と隣り合わせだから。

私はその人の死と隣り合わせのまま、10年の月日を過ごしました。

一日中病院から電話があるかもしれないという心構えをして10年を費やすのは、確かに体に良くなかったのかもしれないけれど、私の体がそれをストレスと思ったかどうかは別として、私の心は一度だってそれをストレスだと思ったことはありませんでした。愛する人の生を、ストレスだなんて思えないから。

私は、意識もない人を抱きしめて頬にキスをするためだけに、毎週毎週病院へ通いましたが、やがて最期の日がやってきてしまいました。

死の報告を受けても、誰の前でも泣きませんでしたが、泣くためだけに車に乗って何度も夜一人で出かけました。そしてそれもしなくなった頃、チベットへ行きました。

死亡保険金を親に残すため、最高額の海外旅行保険をかけて行きました。これにつき私本人は、別に自殺しに行ったわけでもなければ、事故で死ぬと思っていたわけでもないですが、もしかして、「願わくばチベットで死にた」かったのではないかとは思っています。

ちょっとした放心状態だったので、チベットだからというわけではなく、どこへ行くにしても、伊豆へ行くにしても、あの精神状態なら最高の保険をかけて行ったと思います。

そして、最終日に川のほとりで話したチベット人のお父さんが、「チベットは高いから神に近いんだ」と言ったとき、私がチベットへ行きたかったのは、そっちかもしれないと思いました。

死にに行ったのではなく、高いところへ行けば、何となくその人のそばに近づけるような気がしていたのではないかと。

哀れな私は、届きもしないのに一生懸命もう一度そばへ行こうとしていたのではないかと。

何度も何度も雲を見上げて、「何て雲が近いんだろう」と感動していました。ずっと上を見ていました。だから、雲の写真がたくさんあります。アップしなかったけど、本当はもっと雲の写真があるのです。

だけど、私が見たかったのは多分、その雲よりもはるか上。そのために、「呼ばれた」のかもしれません。

死んでしまった愛するその人は、あまり環境が良くなかった私を、無条件で愛してくれました。親よりもずっと。

そして彼女は、旅が好きでした。国内だったけど。

そして彼女の愛した旦那様は、カメラが好きでいつも写真を撮っていました。

今でも私は、カメラを持って旅に出ます。

私の体には、旅が好きだったその人と、写真が好きだった旦那様が生きていて、そして私を守ってくれていると思っています。

高山病になって、本当に具合が悪かった。3日連続で飛行機に乗ってチベットまで行き、又3日連続で飛行機に乗って帰り、最終日の広州では、幽霊が怖かったのもあるけれど、もう疲れてしまって、二度と飛行機など乗るものかと、二度と一人旅などするものかと思いました。

でも私はまだ一人旅をしています。

この二人に守られているという絶対的な自信が、私を強くしています。

そして三度目の「難しい国」であるケニアへ、約2週間後に旅立ちます。

その旅でも、どうか守ってくれますように・・・。

 

2016年6月 守られました。ケニアでたっぷり守られて、運転も無事こなして帰ってきてから1年半です。リンク張り替え等の記事見直しのため読み直しましたが、このチベット一人旅では、大変多くの人と出会っていたのだと気が付きました(全員をブログに書いたわけではありません。ちょっとの会話の人がたくさんいるので)。

いい印象の人ばかりではないけれど、あそこまで放心状態だったこととは裏腹に、終始人と触れ合っていることは、「呼ばれた」もう一つの理由だったのかもしれないと思いました。チベットには山のようにバックパッカーがいるということが話しっぱなしだった大きな理由でしょうが、それにしても、ここまで色々な人と出会ったのはチベット旅行だけであり、おそらくもう二度とないと思います。

一人を失うということが、何十人との出会いでも埋められないこともあると改めて思いましたが、一人を失っても、何十人とも話していられる強さが自分にはあったようで、どこか安心しました。

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