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⑪犯罪の立証と刑事と検事の嘘の証明

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胃全摘の手術前日、脾臓はあった。




そして、手術を受けた。脾臓を摘出する理由は全くなく、それは被疑者医師も認めている。




術後、脾臓は消えていた。




それを知らず、更に月日は流れ、手術から2年以上経ったある日、他院から「脾摘後」とのCT結果報告を受け取った。私は当時まだCTを読むことができなかった。

被疑者医師に会いに行った。「脾臓がないと言われた」と言ったら、「取っちゃうこともあるんです」等々、全く悪びれずに返事をされた。そんな手術に同意をしていないと言えば「同意などいちいち取っていられない」と言い、「膵臓なら告げるが脾臓だから言わない」、「患者に脾臓はいらない」と勝手に決めており、「脾臓に拘る理由は何だ」と逆に聞かれた。

翌日、被疑者は、「カルテを全て見ましたが、脾摘手術だとは書いてないんで、取った証拠がないんで、脾臓は取ってないかもしれません」と言ってきた。手術動画もないと言われた。被疑者は、ここから全てを否定し始めた。

深川警察署に告訴した。その後、被害者が亡くなり、解剖され、脾臓の有無が確かめられ、病理医より、「脾臓はなかった」との報告を受けた。

私にはないと言っていた手術動画が深川署にだけ提出された。病院は私へは何の連絡もしてこなかった。私から再度カルテ開示をして手術動画を手に入れた。手術終了前、浮かんでいる脾臓が見えた。なので、被疑者は脾臓は摘出していないと主張していた。「このビデオが偽物か脾臓を切ったのに中へ残したかどちらかだ」と、前者だと思って警察に言った。

深川署の中村一彦らが私に欺罔行為を用い、私を10時間以上取調室に監禁状態にした。1分の休憩もなく食事もなしで夜の11時過ぎにゴミのようにバカにされて帰された。怒り狂って警察庁に抗議文書を出した。それが警視庁本庁に届いた。3日後、本庁捜査一課が再び病理医に会いもう一度確認してもらったらしく、病理医が新たな剖検結果を追記した。

以下が、松島太が「読んでも分からなかったんで」と言った証拠の剖検結果の抜粋である。

「①肉眼的に脾臓を確認できなかったため、脾臓が存在していれば連続していたはずの構造物である脾動静脈について、追加で検索を行った。②脾動静脈は通常の位置(膵頭部~背部)に指摘された。③膵体尾部の頭側部位に、ペッツが2か所指摘された。④2か所のペッツの間で、脾動脈は頭側方向に走行し、その先は追えなかった」

私は上記剖検結果を下記の通り理解した。

①当たり前だが、動静脈から離れて生きている臓器はないし、動脈は自ら自然に切れたりしないので、脾臓が存在していれば、動静脈につながっている。脾臓は見るからになかったが、一応脾動静脈を確認してみた。

②まず、脾動静脈は、脾臓がある時同様に膵臓に沿って走行していた。脾臓の存在は手術前日にもCTで確認できるので当たり前だが、生まれつき脾臓がなかったという主張は脾動静脈がある時点で否定できる。そして、通常の位置に動静脈があったということは、脾動脈から分岐して膵臓へ繋がる血管にも損傷はなかったということであり、膵臓への血流に影響はなかったはずである。

③ペッツとは血管を切る前等に使われるホチキスのようなものなので、脾動脈を切るためのペッツだったと思われる。

④「追えなかった」、つまり、行き止まりであったということは、その先についているはずの構造物である「脾臓」はそこにはなかったことを意味している。従って、肉眼で見て明らかに脾臓は存在していなかったったが、一応確認した脾動脈でも、つながった脾臓は見つけられなかった。つまり、脾動脈につながった脾臓は存在しておらず、その付近にあったものはペッツだけであった。

私は、松島太が「読んでも分からない」と言って放棄した証拠から、これだけのことを理解した。「検事と同じですね」と言われて頭にくるのも当然である。ただ、上記結果を手に入れたのは後日のことであった。

監禁後、まず先に、石田篤識らが、CTで脾臓を発見したと言ってきた。通常ではあり得ない場所にあり、あり得ないほど萎縮していた。そして、「脾臓があって良かったですね」と捜査を終わらせようとしていた。それが下記の部分である。




「脾臓はこんな場所にはない」と言ったが、「胃がなくなったから移動した」と言い、萎縮については、「梗塞して萎縮した」とのことだった。肉眼で脾臓がないと確認した病理医が納得しない限りは信じないと言い、私も帰ってCTを確認した。梗塞したら高吸収にはならないので、白くはならない。上記の画像でも脾臓だという物体自体が白く写っているので、脾臓自体は梗塞していないことは分かっていた。そして、下記の通り、脾臓動脈も白く膵尾部まで続いており、梗塞していなかった。




そして、脾静脈も梗塞しておらず、膵尾部まで続いている。




同じCT画像を使っていたので警察も梗塞していなかったことは承知していたはずだし、動脈が切れていることも知っていたはずだが、ないはずの血管が梗塞して萎縮したことにしていた。

また、移動だが、臓器は体内で血管や膜で繋がっており、そう勝手に移動できない。まず、脾臓とは、膵臓と一緒に、胃の後ろにある。お腹のほうに胃があり、背中のほうに脾臓と膵臓がある。胃がなくなって空間ができるとすればお腹のほうであり、発見された萎縮した脾臓は、本来の脾臓より更に後ろの位置だった。




胃がなくなっても、直接脾臓の位置に大きく影響するわけではなく、前方にあった胃という物体がなくなっただけである。膵臓の尾部の先に脾臓がある事には変わりがなく、脾動脈が分岐して膵臓に入り、膵臓に血液を送っていることにも変わりはない。




石田篤識と田島優樹は、胃全摘患者を化け物扱いにし、胃がないから他の臓器が動くのだと言い張った。血管で繋がっている以上は、血管が伸びない限りは移動できない。突如脾臓に繋がっている血管が全て伸びたなどという主張は狂っているとしか思えなかった。

膵臓を動かせば脾臓もついてくるし、脾臓を動かせば膵臓もついてくる。脾臓だけが違う場所で発見されたのなら、血管がどこかで一部伸びたか切れたということだ。




そして、何かの理由で脾臓を切除するのなら、脾臓側で切除するのであり、

腹大動脈側で切った場合は、膵臓の分岐手前で切除されるため、膵臓にも血液がいかなくなる。




切られていた位置は通常の切除位置の脾臓側であったため、脾動脈の膵臓分岐に影響はないので膵臓への血流にも影響はなく、膵臓も梗塞していなかった。切除しなくても、もしも脾動脈が梗塞すれば、「血管の梗塞」とは何らかの原因により血液の流れが悪くなっていることを言うのだから、上記画像にて分かる通り、その部位によっては、膵臓も梗塞する可能性がある。だが、上記CTで確認がとれるが、膵臓は梗塞していない。動脈が繋がっていたとしても梗塞の立証は不可能だったので、梗塞して萎縮したという話はデタラメである。


梗塞などしていないので萎縮はしないと書いた手紙を石田篤識らに発送した。まだこの時点では、警察が脾動脈を繋がっていたことにしていたことに気が付いてはいなかったし、まさか血管も分からずに切っている医師がいるとは思わなかったので、なぜ動脈を切ったのに臓器を体内に残したのかが分からなかった。

その後、石田篤識らが、今度は病理医が脾臓を見つけたと言ってきた。病理医から私へは何の連絡もなかったので、追記カルテ開示をし、私もその結果を手に入れた。そこで見つけたのが上記であり、その追記が下記である。

「脾臓が指摘されなかった旨を追加報告したが、その後の再々切り出しによる詳細な検討により、膵尾部及び左副腎近傍に高度に萎縮した脾臓が組織学的に確認できた。追加検討により全割された膵臓組織の最尾部に、約10ミリ程度の脾臓を疑わせる構造が指摘された。半分はほぼ完全に線維化しており、残りの半分にはリンパ組織が指摘された。さらに、副腎として摘出された組織を全割して検討した。標本〇×に、脾臓が確認された。脾臓は、厚い線維性皮膜で覆われ、高度に萎縮しているものの、基本的な脾臓の構築を有しており、リンパ球の存在も確認された。大きさは約30ミリであった。一般的な脾臓の位置から、内側頭側の変則的な位置に移動しており、萎縮・縮小が顕著であり、さらに癌性腹膜炎などにより高度に線維化した組織内に埋没していたことから、脾臓の存在を指摘することが困難な症例であった」

高度な話なので詳細説明は省くが、脾臓が動脈に繋がっていたなどとは書かれていないことは分かるかと思う。脾動脈は、切れたままである。「脾臓があったのだから血管も繋がっていた」という考えになる意味が分からない。ただ、やはり、何故脾臓を体内に残したのかが分からなかった。脾静脈が通常の位置にあったことは分かったが、脾動脈と違いその終点についての剖検結果がなかったので、静脈はどうしたのだろうと考えていた。動脈を切って静脈を切らないということがあるのかと不思議だったが、これも切れていることをCTで確認したが、あの時は静脈が切れていることまでは頭が及んでいなかった。


何の為に臓器を切ったのかさっぱり分からなかったが、うちの手術が血だらけなことだけは知っていた。なので、「もしかして下手くそでそこら中を切ったのかもしれない」とは思ったのだが、そうなると、かなりの人数の被害者が存在すると思った。今日血管の場所が分からない医者は明日も分からない。教授レベルでその腕前なら、今まで過去に何人の脾臓を切っているかという話であり、そもそも、脾臓だけでなく、何を切っているか分からない。そんな恐ろしいことは考えられないと思った。私が甘かった。この世にはそんな恐ろしい医者もいるのだ。




「又しても自分で」

そして、その後、警察記事を書くこととなった。それから検事と会い、やはり検事が共犯だったかと最後に気が付き、一人で自費で調べることとなった。まず、消化器外科医と話し、既述のように、稚拙な手術の手技であることを確認し、結紮の理由も理解した。そして、事件のことを知らない病理医にも会った。病理医の剖検結果を見せ、私の理解を説明し、私の解釈が正しいかと聞いたところ、間違いないと言われた。鑑定書は作らないが、検察審査会に出す時には、病理医に同意してもらったとしてその病理医の名前を出していいと言われた。


次に、移動距離は空間に等しいため、移動距離を出したかった。警察は、CTで脾臓を見つけたのだからそれが脾動静脈に繋がっていなかったことも知っていたはずだ。だが、それを隠し、胃がなくなったから脾臓が移動したことにし、松島太もまたそれに同意した。私なら、移動したと主張するなら、その証拠として移動距離とそれに続く血管をCT画像で特定する。だが、警察と松島太は何の証拠も出さなかったし、出せなかった。


CTで移動距離を調べるには、術前と術後の画像を比べなければならない。どうやってやろうかと悩んでいたところ、CT画像を見るソフトにスケール機能がついているのを思い出した。A地点とB地点の2か所をクリックすれば、その距離を計算してくれるのだ。ただ、術前と術後の2つを比べたかったが、2つ一緒には画面に出せない。そこで、今度は画像加工ソフトのレイヤー機能を思い出し、アナログ的ではあるけれど、2つの画像を重ね合わせれば、脾臓の移動距離が分かるかもしれないと思った。

そして、作ってみた。術前の画像を薄くし、術後の画像と重ねている。その移動距離は、最大約37ミリだった。




近頃の脾臓は、胃を全摘すると、37ミリも動くのか。たった37ミリと思うかもしれないが、私は、朝起きて親指が約4センチも移動していたら救急車を呼ぶ。そう簡単に37ミリも移動されては困る。


脾臓だけが移動するのなら、下記のように、膵尾部から血管が突然最高で37ミリも伸びてぐるりと後ろへ移動したという超常現象が起きたということであり、その幼稚な超常現象が、警察と松島太の言い分だった。脾動脈は膵尾部で切れていたし、臓器は単体で移動しないと何十回言っても分からなかった。




以上の37ミリは、水平距離である。実際は高さも違うため、もう少し距離が長くなる。でも、私はそれをどう出していいか分からなかった。

そしてやっと、調べてもらうことができた。まずは、水平距離から。椎体後壁からの距離を出してくれたので、同じ動径での差が出せた。

画像名椎体後壁から脾臓までの距離術後脾臓(A)からの距離
術前 166.135 mm6.617 mm
術前 284.122 mm24.604 mm
術前 396.461 mm36.943 mm
術後 A59.518 mm N/A

術前の脾臓の画像から3か所を指定して距離を計測し、術後の脾臓の画像Aとの距離で比べてもらった結果、最大で36.943ミリの差があった。私の椎体後壁からではない画像加工の37ミリとほぼ一致した。そして、最小値は6.617ミリだった。なので、その同動径水平移動距離は、部位により最低6.617ミリ、最大36.943ミリということだ。

次に、CT画像にて、画像何枚分離れているかを出してくれた。CTとは、輪切りの写真をずっと撮っているだけなので、その間隔が1ミリなら、5枚分では5ミリ分となる。脾臓に脾動静脈が繋がっていたのなら膵尾部から繋がっているところがCTにて確認できたはずであるが、何も確認できない。そして、脾臓が最後に見えた画像から膵尾部が最初に見える画像までは画像番号66から70まで5枚分の差があったので、5枚分である5ミリ分、脾臓と膵尾部が離れており、その2つの間に空間があったということになる。

CTを撮る時は、横になっている。輪切りにして撮ったものが5枚分離れているということは、5枚分「高さ」が違うということだ。つまり、これにて、脾臓と膵尾部の距離のうち、「高さの最低値」が分かったに等しいはずなので、出してもらった同動径水平距離の最低値である6.617ミリと合わせたら、ピタゴラスにより、こうなった。三平方の定理など一生必要ないと思っていたが、こんなところでお世話になった。




というわけで、最低でも、脾臓と膵尾部の間には約8.3ミリの空間がある(最低8.3ミリ移動している)。2つの物体の間に1ミリでも空間があったら、それは、分離しているということだ。首と胴体の間に8ミリの空間があっても首と胴体が繋がっていると言い張るのは、世界中で松島太と警視庁ぐらいだと思う。

因みに、上記は、動径が同じだった場合なことはもちろん、高さも、膵尾部からの高さである。通常の脾臓の位置はもう少し高いはずなので、実際には最低値でももう少し高くなる。従って、約8.3ミリは、あくまでも、「最低でもそれだけ空間がある」という意味だ。

空間があるのだから、解剖にて発見された通り、脾動静脈は切除されていた。梗塞して萎縮したのではなく、栄養を送る脾動脈が切られていたから縮んだだけだ。医師らの犯罪は明らかであり、警視庁と検事らがそれを隠したことも明らかである。

移動は不可能だが移動したのは胃がないからであり、梗塞する血管はないが萎縮したのは梗塞したからだと言っている人間など、よほどの低知能者だと思うが、切れた物体が切れていなかったと言い張るレベルでは、もう、精神異常者であり、狂っていると思う。


では、いくら私が運がないとはいえ、そんな低知能な精神異常者にばかり会うのだろうか。そうかもしれない。でも、偶然にもこの事件を担当する捜査機関が揃いも揃って全員低知能・精神異常者なんてことがあるだろうか。いくら何でも、そんな偶然はないのではないだろうか。

自分たちの汚職や犯罪を隠すために切れたものを切れていないと言っていると考えるほうが、自然ではないか。

まとめてみると、良く分かる。

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