この一人旅を振り返って(ヨルダン編)


「結婚式に呼ばれて行ったらものすごく運転して帰ってきた」という、全然繋がってないけど、私の中ではとっても繋がっているこのヨルダン旅行。






結婚式はすごかった。

楽しかったし、美しかった。

誰かの人生の大事な時に、海を越えてまで祝いに行ってあげられるなら、祝う側にとってもそれは人生の大事な時になるのかもしれない。






運転旅行として、ものすごく価値のあるものになったので。

旅行後しばらくは、「ヨルダン人パイロット生きたまま焼殺事件」もあったため、ヨルダンの女の子たちとメッセージのやりとりをしており、彼女たちの美しさに感動していた。

だけど、もう数年経つと、結婚式も飛び越えて、美しい女の子たちとの出会いも飛び越えて、運転の記憶がこの旅行のほぼ全部を占めるようになった。






ヨルダン運転は、別格だった。

暗闇運転もすごかったけど、今の私の中では、辛かった真っ暗サダ子運転より、昼間に見えたあの景色のスケールの方が勝っている。

ケニア運転も強烈だったけど、景色が良かったかと聞かれると、そうでもなかった。ただただ頑張って舗装した道路があるなという程度だったと思う。

アイスランド運転はとても絵になる光景ばかりで優雅なドライブとして最高レベルだったけど、その美しさは、柔らかいものだった。






ヨルダンは、どう言ったらいいか、何もないこと自体が何かだった。そして、何かがあるのに何もなかった。

もちろん都心部は別なんだけど、都心部を抜けた時に何が見えるかが運転旅行の醍醐味。

インフラ整備で一番最初に作られるものが道路だと思うけど、道路の設計は、高低差もあるだろうけど、作る人のセンスも大きいと思う。






直線が長く続くところも多かったけど、ヨルダンのあの長距離カーブは美学な気がした。

でも、ドラマチックに見せる道路の設計をするだけじゃ足りないんだよね。

道路以外のものが素朴過ぎてもダメでしょ。






ヨルダンに一番近い場所を挙げるなら、南アフリカかな。自然の壮大さが良かったので。

道路のカーブとかの好みで似ている場所を挙げるなら、タイかもしれない。

だけど、どちらも植物が見えるのだ。それが美しければいいんだけど、ただ生い茂っているだけなことが多いと思う。






砂漠では、植物がないからね。

中東では、ヨルダンに限らず、道路の美学と植物なしという調和が素晴らしいのかもしれないと思った。

だから、絶対UAEのジェベルハフィートへも行くんだ。






ヨルダンでの走行距離は、最後の暗闇の日の距離が分からないため、このぐらいかな。

推定走行距離
900キロから1000キロ

実際に車に乗った日は、2日目と4日目と5日目の3日間。移動場所を考えれば、どんなに低く見積もっても、850キロ。暗闇中は速度低いし、100キロも幅を設けたけど、950キロぐらいじゃないかな。

この数字は、あの頃の旅行タイプを考えれば、相当多い。






目的地の設定は、運転するための言い訳。

まだこの時は、ホテルを予約しており、それだけでも今よりはましだったと思う。「束縛あり」という面で。

ホテルの予約をしない今は、手に負えない度が高くなっている。数百キロ先を目指して数時間運転して到着しても、平気で数分で立ち去る。

私は、「違う」と思う場所には、絶対に留まらない。

「やめる」という選択肢がない人生を、「自由ではない」と判断する。






ヨルダン運転は、その後の運転狂いの原型のようなものだった。このサイトの顔ではないかと思う。




                               

-ヨルダン一人旅:完全自運転