5日目⑤から帰国 「暗闇とは恐ろしい」

ご飯どころではない

何だかんだ言って、アンマンは首都だし、問題なく帰れるだろうから、途中で晩御飯でも食べようぐらいに思っていた。






まだ一度もヨルダン料理を食べていなかった。結婚式の前日に友達と食べたのはヨルダン料理ではなく西洋料理のようだったし、結婚式で出た料理はフランス料理みたいだったし、おまけに昨日の夜はマックで、この日のお昼はスナック菓子だった。

最後のこの夜は、小奇麗なレストランにでも入って、ちょっと高そうなヨルダン料理を食べたいな、なんて、のんきに思っていた。






陽暮れというものも、軽く考えていた。

太陽が沈むということが、この国のこの辺りではどういうことを示すのか、想像できていなかった。






素直にナビに従って走れば、後2、3キロぐらいで15号に着いて、そのまま15号を飛ばして帰れば、アンマンにあっという間に着く。

はずだった。






だけど、陽がどっぷり暮れても、全然15号に着かなかった。










なぜ着かない

電灯がなかった。

走っていたのは一般道だけど、とにかく真っ暗だった。

夜も暗くなったから子供はいないので危なくなくて良かったけど、その代わり、手に汗握る暗闇ドライブが始まった。






車のライトはついていたけど、ローからハイビームにしても、道路地面しか見えない。

物があればライトに当たって距離感が掴めただろうけれど、何もなかったため、数メートル先の道路が見えるだけの世界での運転が続いた。






何が怖いって、人が出てきたら間違いなく轢いてしまうということが一番怖かった。

40キロぐらいは出していたと思うけど、そのスピードでも、致命的な傷を負わせてしまう可能性はあると思った。

それならスピードを落とせばいいじゃないと思うかもしれないけど、そんなことをしたら、暗闇から抜けるのにもっと時間がかかってしまう。






そして、次に怖かったのは、自分自身も崖から落ちるかもしれないということだった。

ガードレールなどなかった。もしも走っている場所が高地で、突然の急カーブでハンドルが間に合わないと、車ごと落ちてしまうかもしれない。

暗闇から暗闇へ落ちるのだ。






運転の腕だけではなく、目と集中力も大事だった。

助かったのは、どんなに暗くても、ナビが私の居場所を拾って誘導してくれていたこと。

半径数十メートルしか表示されていなかったけど。






2時間ぐらい経った頃だろうか。

私も疲れてきて、集中力は切れてくるし、どうして15号がそんなに遠いのか、もしかしたらやっぱりナビがおかしくて、実はただ同じところをぐるぐる回っているだけなのだろうかと、不安になってきた。






おまけに、ガソリンも減ってきた。残りあと2ブロックになっていた。

この車が何リットルのタンクか分からないけど、最後の1ブロックで赤ランプになってから50キロ走るとして、100キロ以内でスタンドを見つけないといけないと思った。

だけど、走っていたのは、道路は舗装されていたけど、ガソリンスタンドどころか、店一軒、明かり一つない一般道だった。






どうして15号線に出るのにこんなに時間がかかるのだろう。












遠い光

突然、何かピカピカ光っているものが見えた。

何となく喜んで近づくと、ただのカーブのためのガードレールだった。

落胆。






他にもたくさんカーブがあったのに、やっとガードレールが出てきたのだから、過去に事故があったカーブなのだろうと思った。

普通のガードレールではなく、ライトを反射してピカピカ光る何かが入っていたやつだと思うけど、欲しいのはそんなピカピカではなく、電灯のほうだった。

周りが全然見えなかったので。






国道なら電灯がある。電灯なら、遠くからでも見えるはず。

それが見えていないのだから、15号線はよっぽど遠いのだ。

こんなところでガス欠になっても困るけど、もしそんなことになったら、暗すぎてどうしようもないから、朝まで待つしかなくなるわけだ。






エアコンも切り外気にして、でも窓を開けて虫が入ってくるのも困るので、窓も締め切って運転していた。

ガソリンに冷や冷やしながら又しばらく運転していると、高い位置に、前を横切る線が見えてきた。

光の線だった。

いんちきピカピカではなくて。












助かった。

あの横線は電灯だ。











でも、光が見えて安心して進んで行っても、すぐそこに光があるわけではなかった。










とっても遠いのだ。











距離は縮まらなかった。






全然縮まらなかった。






とっても縮まらなかった。






そこに見えるのに、遠かった。











私の車を押したもの

ダメかも。

着かないかも。

何キロ先か全然分からない。

遠近感が分からない。

眼鏡はかけてるけど乱視入ってるし。

だから海外の夜運転は控えてるし。






ああ、朝までこの暗闇か。

こんな場所にいたら、たとえ車内でも危ないかも。

山賊に襲われるかもしれないけど、だいたいお化けが出そうなところだよ。


























それはものすごく怖いぞ。ぞっとするじゃないか。

真っ暗なところからサダ子さんとか、こわすぎるぞ。








そう思った瞬間、急に60キロぐらいにスピードアップした。

サダ子さんの効き目はすごかった。











違う緊張感

どのぐらい走っただろうか。

いもしないサダ子さんに押されて。






しばらくして15号線へ乗った時の私の安心感ときたらなかった。もうこれで助かったと、後はスタンドを探してガソリンを入れればいいのだと、やっと落ち着いて運転できるようになった。






ところが、今度は、最高速度が何キロだか知らないけれど、ものすごく飛ばしているヨルダン人たちが待っていた。

私の海外でのリミットは、130キロだった。これ以上はどこの国でもどんな車でも絶対に出さないことにしていた。その後タイで多分もう少し出したかもしれないけど、部分的というか、瞬間的に140ほど出てしまったという感じだったはず。






私をビュンビュン抜いていくヨルダン人。

130キロをあれだけすぐに追い越すのだから、150キロ以上は出ていたと思う。

彼らには、道路がどんな風に見えていたのだろう。






国道というか高速というか、大きな道路だから、電灯はあったけど、ボチボチだった。遠くから見れば線のように見えるけど、近くでは、線ではなくて、点程度の数だった。

もっとスピードが遅ければ別だけど、130キロでは、ロービームで照らせる距離などすぐに進んでしまい、見える範囲は、さっきまでの一般道と同レベルだった。






だけど、リスクは一般道の時よりずっと高かった。

日本のような有料高速とは違うので、高速といっても、入ろうと思えば誰でも入れるのだ。

人が出てきたら確実に轢き殺してしまうスピードだったけど、そうでなくても、前の車が急ブレーキを踏んだら、私は間違いなく後ろから追突して即死する。






一般道の時とは違った緊張感に襲われ、しっかりとハンドルを握り、シートによりかかることなく、体を前に出して運転していた。






ああいう状況では、もう二度とあんなに飛ばさないと思う。

一般道の後にあれだったから、本当に神経すり減って疲れた。











ガソリンはどこ

運転も大変だったけど、スタンドがないことにも困った。

アンマンに近ければもっと多かったかもしれないけど、都心部から離れると、やっぱりスタンドの数は減るよね。






というか、あるにはあったんだ。だけど、みんな反対車線だった。

一つ目を見つけた時は、Uターンして戻ろうかと思ったけど、そのうちこちら側車線にも出てくるだろうと思ってやめた。

でも、その次も、次の次のスタンドも、反対車線だった。






結局私は、アンマン国際空港付近の、電灯の本数も多くなったあたりになるまでガソリンを入れずに行ってしまった。

高速走りが多かったとはいえ、何でガソリンがもったのか今でも不思議だ。






スタンドで車を降りた時は、久しぶりに現代に降り立った気分だった。

ペトラを出たのが16時頃なら、一度写真を撮るために2分ほど降りた以外は、5時間以上運転していたのかな。

「あ、外の世界だ」みたいな感じだった。








このスタンドでカードが使えなかったら泣くなと思ったけど、大丈夫だった。

ジュースも一緒に買った。そういえば、飲み物はどうしていたのかな。足りていたのだろうか。ペトラで買ったっきりだったはずだけど。

飲んでいるような余裕もなかったか。






スタンドについていたコンビニは、床掃除を始めていた。ギリギリ閉まる前だったのかも。開いていて良かった。

トイレも借りて、車に戻った。

正味10分弱の休憩。










ホテルに到着

私、ほぼ休まないんだよね。

何時間も運転していても、休むために降りたままでいる、要するに、もう運転は疲れたから嫌だと言って車から離れているということは、まずないんだ。

休むなら、車を停めて、車内で休むのが普通。

走るのも車なら、休むのも車。

車が休んでいるなら、私も休み。






10分弱ぐらいですぐ運転を始めると、真っすぐ空港付近のゴールデンチューリップホテルへ向かった。

このスタンドからはそう遠くなかったはず。






到着日と同じホテルに、到着日ほど遅くはなかったけれど、深夜近くにチェックイン。

レストランはもちろんやっていなかったはずだけど、やっていても行く気もなかった。

体力も尽き果て、早くシャワーを浴びたかった。






なので、私の晩御飯は、持参品の赤いきつね。

昔は必ず旅行にカップ麺を一つ持って行っていた。

こういうことになるからね。






シャワーを浴び、くたくたの体をベッドへ。

ほぼ寝ずに長時間運転で、神経使った時間が長すぎた。






寝ようとして目をつぶったら、揺れていた。

初めての現象だった。長時間運転し過ぎたのだと思っていたけど、タイヤだったかもしれない。

ちょっとこの揺れには自分でもびっくりした。

ベッドでもまだ車にいるみたいだったので。










レンタカーを返却して帰国

揺れてはいたけど、眠れた。

フライトは11時50分発だったので、8時半にはレンタカーを返したかった。

無事に寝坊することもなく起きた自分を立派だと思った。






チェックアウトして空港に向かったと思うけど、ガソリンを入れたかどうか忘れたな。

少しだったから1ブロックも減ってなかったからそのまま返したのかな。






空港でどこに車を返したらいいのかよく分からなかったのは覚えている。

空港の入口前に適当に路駐して中へ入ったら、返却窓口がすぐに見つかったので、すぐ外に停めてるからと言って、車をチェックしてもらった。

無傷な確認をとって、返却手続き終了。






無事にロイヤルヨルダンでロンドンへ帰った。






帰ってから、ヨルダンの友達に、なぜ運転中に飲み物を飲んではいけないのかと聞いてみたら、そんなことないよと言われた。

そこで気が付いた。私が読んだブログを書いていた人は、おそらく英語が分からなかったのだ。


Don’t drink.


という標識を見て、「ドリンク」を、飲み物全てを飲む行為と思ったのだと思う。ドリンクは動詞で、その後に飲み物の名詞がなくドリンクだけなら、通常はお酒のことを意味する。

「I do not drink coffee」は「コーヒーは飲みません」ということだけど、「I do not drink」と言ったら、通常は私はお酒を飲みませんという意味。






謎が解けて良かったけど、どうしてヨルダン男子が既婚かどうか聞いてくるのかは、彼女も知らなかった。

そんな話は初めて聞いたと言われた。

外国人にしか言わないのかな。


そういうわけで、今でもあの質問の意味は不明です。

                               

-ヨルダン一人旅:完全自運転