このパプアニューギニア一人旅観光旅行は、

私にとって、チベットに続いて2番目の「難しい国」でした。






とても疲れており(仕事でね)、一段落したらどこかへ行こうとは思っていたものの、旅行すら行くのが面倒だと思うほど疲れていた。放っておくとこのまま折角の休みを無駄にするかもしれないと思い、「先に航空券を買ってしまえばどんなに疲れていてもお金がもったいないから行くだろう」ということで、先にパプア往復を買ってしまった。

パプアを選んだ理由は、「突然思いついたから」というとっても分かりやすいもので、今回も、「呼ばれた」のだと思っています。




そして、予想通り航空券を無駄にするまいと思って疲れたまま行ったけど、行きとは比べられないほど元気になって帰ってきました。

パプアニューギニアからものすごいパワーをもらって、日本にいたら無理であったほど回復して帰ってきたのです。

行って良かった。






パプアを扱うツアー会社はあったけど、当時はまだまだ未開の地だった。今も未開の地だろうけど、前よりは開けていると思います。最近、首都がかなり都会になっていることをテレビで見てびっくりした。

でも、気軽に一人旅ができる国になるまでにはまだ大分かかりそうだし、情報も十分とは言えません。当時は地図すらなく、どこのどの辺に行ったのか、今でも良く分かっていません。グーグルストリートビューがあればある程度特定できるのだけれど、ストリートビューなどもちろんまだないし、グーグルマップの写真すら少ない。

旅行記が少ないので、この旅行記は、やはり何年経ってもアクセスが多いです。もっと情報提供したいけれど、自分が撮った写真すら少ない。






飛行機の中の写真もないし、フライトの様子も覚えていないし、ガイドブックはまだ持っているけれど、ツアーやホテルをどうやって予約したかも良く覚えていないし、行ったのはチベットのほうが前なのに、チベット旅行のほうが記憶に強いです。疲れると記憶が飛ぶ人です。

その上、この時もまだカメラはまだ一眼ではなく、チベットと同じ機種です。これは、後悔のうちの片方。チベットもそうだけど、こんなに素晴らしい国へ行くのに一眼を持っていなかったなんて、大損した気分。まだまだ草木ばかりだったので撮るものは純粋で元気な人たちぐらいしかなかったけど。

そして、もう片方の後悔は、パプアでも国際免許が使えたようなので、運転すれば良かったということ。でもまだこの旅行の時は、海外で運転するのが当たり前という概念がなかった。レンタカーもパプアにはなかっただろうけど。






でも、最高にいい思い出であり、呼ばれるまま「パプアニューギニアかな」と突然思い立ち、今でも、「パプアニューギニアだったな」と思っています。

これほどまでに元気をくれた国は、今でも他にありません。


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-パプアニューギニア一人旅

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