死海に行けると思っていた時
ペトラから出たところにお土産を売っている露店がいくつかあったけど、時間もお金もなかった。
わき目も振らずに駐車場へ直行。
車に乗り、カラカラになった唇にリップを塗ろうと思って、車に忘れてしまっていたDHCのリップクリームを出したら、溶けていた。
結構新しかったので、まだ4センチぐらいはたっぷりあったはずなんだけど、跡形もなかった。
日陰に停めておいても大した差はなかったかもしれないけど、皆さんはどうぞ日陰を選んで停めて下さい。
クーラーがきくまで待っている間、ランチ抜きだったので、ジェラッシュで会った女の子がくれたお菓子のうちの一つを食べた。スナック菓子。溶けるお菓子ではないので助かった。
死海までは、160キロぐらい。とはいえ、死海は縦長なため、どの辺りへ行くかによって距離が違うけど。
アンマンから南下した時は15号線をひたすらまっすぐだったので、帰りは違う道を通りたかったから、丁度いいルートだと思っていた。
ハンマーな私でも浮けただろうけど、泳ぐ予定はなかった。
ただただ、死海の写真、特に、夕陽のある死海の写真を撮りたいだけだった。
死海の一番南側辺りなら、すごく飛ばしていけば19時頃の夕陽に間に合うに違いない。
大した距離ではないため、当然にそんなことを思っていた。
出発は、16時前だったと思う。
子供たちと戯れる時
ナビは、「死海(Dead Sea)」でセットした。これが死海のどこだかは分からなかったけど、あっちのほうへ行ったら標識が出てくるだろうから、気にしなかった。
ただ、ナビは、「15号線に戻るルート」を表示した。それでは遠回りだと思った私は、ナビを無視して65号線の方へ向かった。
65号線に近くなれば、ナビが勝手に軌道修正をしてくれると思っていた。
65号線までの道は国道ではないし、一般道で街並みを見ながら走れて楽しいはず。私はそういうドライブも好きなので、ナビが15号へ戻そうとする中、ナビを無視して走っていた。
左の方へ行けば65号線で、上の地図を見てもらえば分かると思うけれど、間違えるはずがなかった。
でも、カーブが多く、余計に走行距離が増えている気がした。
とってもぐるぐる回らされている感はあったけど、街並みが見られて楽しいからまあいいかと、最初は余裕だった。
一般道を走ることはできていたので、たくさん家も見え、砂漠ドライブとは違ったドライブで楽しかった。
でも、人には見られており、こちらでは、車を運転中の人が私を見るのではなく、普通に外にいる街の人たちが私を見ていた。
車が通っただけで見るわけだけど、車自体が珍しくなければ目もいかないだろうから、車通りも少なかったのだと思う。
そして、車に乗っている私を、通り過ぎるまでじっと見ていた。
田舎町に外国人が来るのは珍しく、スカーフもつけていない女性で、それも、一人。
大人からもジロジロ見られたけれど、子供の反応はそれだけでは済まなかった。
学校を終わって遊んでいる時間に当たってしまったのだろうけど、集団で子供が遊んでいた。
どれほど視力がいいのかしらと思うほど遠くから私を見つけ、私が近くに車でつく頃にはもう道をほぼふさいでしまって、キャーキャー言って車の左右に集まってしまう。
日本人だというのではなく、多分、ただ外国人だから騒いでいたのだと思う。ニッコニコしていた。
そして、あろうことか、ボンネットをバンバン叩くのだ。
喜んじゃって、キャッキャキャッキャ、バンバンと。
焦った。
危ないから車から離れなさいとジェスチャーしたけど、完全無視。
窓を開けたら多分腕とかを入れてくると思ったため、窓を開けず、でも車を完全に停止してしまったら完璧に包囲されてしまうので、ものすごくスローで進みながら、危ないから離れて頂戴とジェスチャーしながら進んで行った。
だけど、なかなか効き目がなかった。
そこで、「バイバイ手段」に出た。
子供たちに、車の中から大きく手を振り、みんなにバイバイした。
すると、つられてみんなバイバイしてくれたので、ボンネットから手が離れた。
もっとずっとバイバイしていると、去って行くのだなと分かるので、ちょっとずつ車から離れてニコニコしながらバイバイしてくれた。
「助かった・・・」
と思いながら進むと、次の子供集団が待っていた。
子供が人懐っこいのはよくあることだけど、ヨルダンの子供には参ってしまった。こっちは車だから危ないし。
だけど、今思えば、降りてしまえばよかった。
この際、降りてしまって、陽が暮れるまで一緒に遊べばよかった。
「轢いちゃうかも」と怯えているぐらいなら、残された数時間、一緒にいれば良かった。
死海を諦めた時
通学路か何かを通る度に子供が集まり、冷や冷やしながらすり抜けたけれど、いつまでたっても65号線には辿り着かなかった。
でも、来た道を戻れば又同じ子供たちに遭遇し、ボンネットバンバンが始まるかもしれない。
だから、別の道を行ったほうがいい。きっともうすぐ65号線だから、もう少し走ろう。
そう思いながら走った。
ナビは間違っていたわけではなく、ちゃんと車と一緒に進み、現在地を出してくれてはいた。
その現在地がどこだか分からなかっただけで。
というところで思い出したぞ。
ナビ問題は、縮小だったんだ。拡大されすぎていた上、縮小できなかったんだ。
だから、今いる場所がピンポイントでしか分からず、自分と死海の位置関係が分からなかったんだ。
ナビが65号線に行くルートを出してくれていたのなら別だけど、私が言うことを聞かずに進み、ナビは半径数十メートルしか出してくれないので、自分がどれほど死海から離れたままなのかもわからず、ただただ一般道ドライブを続けていただけだったんだ。
そして、段々とオレンジ色になっていく街を見て、もう諦めることにした。
だから、車を停めて一度降りた。
太陽が落ちている。
ここがどこかは分からないけど、全く全然死海付近ではないことだけは確かだ。
死海での夕陽写真なんて絶対に無理だ。
月まで見えるじゃないか。
私は、ただ走っていただけだ。
死海に向かっていたわけじゃない。
単に、「走っている人」だっただけだ。
死海で夕陽とか、そんな贅沢な話をしている場合ではない。
無事に今日中にアンマンまで帰れるのかという状況だと思う。
これが、私のヨルダン最後の写真。
この後は、おそらくナビに従ったはず。
どうしても15号線に出ようとするナビに。
さらに数時間走らされたけど。




