ちょっと付き合ってよ
2階のレストランへ行くと、丁度いいところに、じゃなくて、偶然にも、1人でのんびりとビールを飲んでいた男子がいた。
ありがとうそこにいてくれて。
私 「何してるの?」
彼 「ビール飲んでるんだよ」
私 「一人旅?」
彼 「そうだよ」
私 「女性一人じゃ危ないから外に出ないようにって言われたんだけど、せめてマーケットぐらい行きたいからちょっとついてきてくれない?」
彼 「いいよ」
ありがとう何とか君。名前忘れちゃったよごめんね。
カナダ人だったのは覚えているけど。
彼は、パプアにはもう何日も前からいたみたいだった。このホテルに宿泊しているのではなくて、近くのユースホステルに泊まっていたけど、お酒を飲む場所がこのホテルぐらいしかないのでここまで来ていたらしい。
とりあえず、突然出てきたアジア人からのお願いを快く受けてくれてありがとう。
ゴロカのマーケットまで散歩
地図ではここだけど、こんなに遠かった記憶はないな。
あっという間に感じたからかもしれないけど。
歩き出すと、彼に「カメラを隠した方がいいよ」と言われたので、首にかけていたカメラをバッグに入れた。
だから写真がないので距離感が分からないけど、この短い散歩の時から何かが違った。
ただ歩いていただけなのに、地元人に何度も声をかけられた。
みんなみんな声をかけてきた。
別に何か聞きたいというわけでもなければ、知りたいというわけでもなく、あなた誰というわけでもなかった。
ただ、挨拶というか、声をかけてきた。
天真爛漫という感じで、元気で純粋だった。
それが全てで、それだけだったのだと思う。
私に効いた薬は。
2人で少しマーケットにいたけど、何も買わずに一緒に一周回って戻ってきた。
マーケットより、道を歩いている時のほうが楽しかった。
今度は一人で
短いマーケット散歩の後、彼は自分のホステルへ戻り、私はホテルのレストランで少し休憩することにした。
ゴロカは山なので海まで遠いので、プールは海代わりになっていいと思う。
私には長袖で丁度いい気温だったけど。
少し子供を眺めていた後、しばらくして部屋へ戻った。
泊まっていた部屋の窓からの眺め。目の前はスーパー。
日傘とは珍しい。
この後、見ているだけでなく、実際にこのスーパーへ行った。
危ないと言われて見知らぬ男子を連れて外に出たのに、戻ったら今度はあっさりと一人でスーパーに買い物に行っており、それだったらマーケットも一人で行っても良かった気がする。
でも、カウンターもレジも何一つ覚えていない。現金払いだったはずだけど、どうやって会計をしたのか、レシートもなくさっぱり分からない。
スーパーを忘れるなんて、本当に脳疲労がひどかったのだと思う。
回復して良かった。
買ったものを綺麗に並べてちゃんと写真を撮っているため、行ったことを忘れても買った物は見せられる。水3本、ブドウ、ファンタライムとオレンジ、パン、ポテトチップス2種類。
この左下のファンタライムがめちゃくちゃおいしかったことは忘れない。
今では色々なファンタが売られるようになっているけど、当時東京ではファンタライムは売っていなかったし、多分今もないんじゃないかな。一時期売り出していたけど、パプアのものとは全然味が違った。
数か国でファンタを飲んだけど、結構味が違うと思うのは私だけだろうか。ケニアのファンタオレンジは薬品臭くて好きじゃなかったし。
パプアのファンタライムは、炭酸具合も甘さもとっても私好みで、あまりにも美味しくて、この翌日も買いに行き、マイお土産としてスーツケースに入れて持って帰ってきたほどだった。
でも2本しか持って帰らず、2本目を飲み終わった時は何とも言えないほど寂しかった。
また2階へ
やることもないので早めの夕食にして、行くところもないのでホテルのレストランに行った。
と言っても、さっき行った2階のレストランなので、結局1日に何度もここに顔を出している。
この、ビュッフェみたいなのはサラダとかフルーツだけだったと思う。メインはスパゲッティにした。
うどんが来たけどね。「ひき肉のケチャップ煮を乗せた細うどんレモン添え」。
強烈だったなこれ。
もちろんほとんど残したけど、食べ終わる頃には、もうプールも見えないほど暗くなっていた。
ゴロカ3泊のうち、おそらくこの日だったと思うけど、夕食後、レストランにいた1人旅らしき人に声をかけ、しばらく話をしていた。オーストラリア人の男性だった。
「危ない危ないと言われたんだけどそんな感じがしない」と私が言ったからだと思うけど、その男性の知り合いがこの日山賊に遭ったと話してくれた。
パプアの現地運転手を雇い、3人か4人で何かのツアーで人里離れたところへ行ったら、銃を持った山賊が数人出てきて、カメラをよこせと言って取って行ったという話。
私はカメラが大事なのでそこだけに気がいってしまったため現金を要求されたかどうかは記憶にないけど、多分もちろん現金もとられたはず。「現金はいらないがカメラをくれ」という山賊はなかなかいないと思うので。
この時はまだ一眼ではなかったのでカメラを取られるのはいいと思ったけど、メモリーカードを取られたら写真までなくなってしまうため、何も思い出が残らない。
なので、これを聞いて、やっと少し「用心だな」と思った。
そして、もう1つ覚えているのが、携帯の話。私は当時もソフトバンクで、当然海外でも使えるものと思っていたけど、使えなかった。
チベットでも南アフリカでも使えたソフトバンクがなぜパプアニューギニアで使えないのかと不思議だった。
そしたら、その彼、オセアニアではネットワークが違うんじゃないかなと言っていた。今はそんな事ないだろうけど、この時は、何となく納得した。ローミングの契約がされていなかったのだと思う。
パプアニューギニアでの1週間、携帯は全く電波なしで、もちろんネットもなかったから、完全に日本と遮断されていた。この先そんなことが又あるとは思えないため、この1週間は、一生に一度の1週間になると思う。
お陰様で、為替が下がっていることが分からず、FXでロスカットされていたことも知らず、成田でメールを確認してひきつった次第だった。
部屋に戻り、シャワーを浴びて、ファンタライムを飲んでおいしくて感動してから寝た。
この日は到着日で、日本時間の朝4時ぐらいから寝ていなかったので、だいぶクタクタだった。
疲れていた割に、だいぶ頑張ったと思う。







