この一人旅を振り返って(サルディーニャ編)

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タクシーから綺麗な夕焼けを見ながら、「本当に帰るの?」と思っていました。

このブログでは、その人の登場を避けました。特定できるほどの会話もなく、ほんの一瞬が数度積み重なっただけだったので、書いていても誰だか分からなかっただろうけど・・・。

その「ある人」と出会い、数度言葉を交わしただけでしたが、どうやら私はその人を好きになっていたらしいのですね。

本人の私は全く気付いていなかったけど、それはいつものことだし・・・。

いよいよ帰ります、っていうタクシーの中で、「このまま二度と会えない?」、と思ったら、すぐに引き返したくなりました。

名前も知らないければ、年齢も、国籍も、何も知らない相手だったけど、その時どこにいたか知っていたので、タクシーでアルゲーロに戻れば少なくともその時だけはもう一度会えるだろうことは分かっていたので、戻りたかったです。戻らなかったけど。

空港へ着いても、まだ迷っていました。それでも戻らなかったけど。

だけど、「まさか」とはこのことで。だって、名前も知らない人でしょう・・・。

ちょっとしゃべっただけですよ。4日間で合計10分もないぐらい。好きになってるなんて、思いもよらないでしょう。普通あり得ないでしょう・・・。

だからきっと、ロンドンに帰れば忘れているに違いないと思って、空港で迷いに迷ったけれど、引き返しはしませんでした。

そしてロンドンの家に帰り、朝になったら忘れてるだろうと思って眠りました(結構のんきで・・・)。

だけど、朝目が覚めたら悪化してたんですね。目が覚めて一番に思い出し、その普通じゃない感情から、完璧に恋したなと思いました。

その時は、嬉しいとか幸せとかそんな感情はなく、正直、「しまった・・・」という感じでした。

自分なりのいくつかの旅のルールがあるけれど、「旅先で出会った人に恋をしない」というのも、私のルールの一つでした。

理由は単純で、「その人がいる国にばかり行こうとするから」です。だからもちろん、自分が住んでる国に住んでる人に恋した場合は問題はないんだけど。

一人で旅行するに当たり、旅先を決める自由も一人旅の醍醐味ですよね。ところが、例えばカンボジアにいる人に恋をしたら、私のことだから、時間ができる度に又カンボジアへ行こうとします。恋さえしていなければ他の国へ行くだろうに、そのチャンスを自ら奪ってしまうのです。

まあそれでも、幸せならいいんです。

だから、自分に対してのルール違反をしたことは大してショックではなかったのです。でも、名前も知らない相手に恋をしたことについては、我ながら心底あきれ返ってしまった・・・。

もともと感受性が強く、情熱的な人間ではあるけれど、いくらなんでも名前も知らない異国のどこぞの誰ともわからぬ相手に恋をしてどうするのだと、完璧に自己嫌悪です。

けれど、この二日後、偶然が重なりました。

イタリアのサルディーニャのどこかで出会った、とある国のこの人と、オランダで使うためにその1年前に日本で買ったある物をきっかけに、知り合うことになるのです。そして、彼の名前を知り、メールアドレスも知ることができました。

縁のある相手とは、何かがあるものです。

好きになるべき運命だったから名前を知ることができたのか、好きになったパワーがものすごく、それが縁を生んだのか、どちらが先かは分からないけど、ほんの10分しか話していなくても、自分の人生の中にきちんと入ってくる予定の相手だったんだと思います。再び会うことはなかったけれど。

確かに最初は自己嫌悪だったけど、その年の終わる頃には、「よくやった」と思えました。いくつになっても、何一つ怖がることもなく恋ができたことを、誇りに思えました。

そして、今回この旅行記を書く気になったのは、再び「え?」という相手を好きになったからなんですが、幸い名前ぐらいは知ってたので少しは成長の兆しが・・・。

この旅行で好きになった彼も、先日好きになった彼も、どちらも諦めるべき片思いでした。

でも、好きになってはいけない人などこの世にいないと思っています。誰が誰を好きになろうが、自由です。

もしも「好きになってはいけない」と思う人がいるのなら、それはもしかして、もう既にその人を好きなのに、恐いからそれを認めたくないだけで、「好きになってはいけない」を言い訳にして、自分の感情までも騙そうとしているだけかもしれません。

でも、結ばれるかどうかは又別の話だとも思っています。一緒にいるべきかどうかも。

つまり、好きになった後、散々に苦しみながらみんな自分の行く道を選択するのだと思います。

だから純粋な両想いは素晴らしいです。苦しくても、お互いが想い合っているわけだから。

そして私の恋ときたら、片思いだということも含めて諸般の事情により、残念ながら「諦める」という行為を取らざるを得ない状況が多いのです。

でも、結果はどうであれ、いくつになっても怯えず恋ができる自分を誇りに思える人生を送りたいと思っています。

人生で人を好きになることって、何百回もあることじゃないですよね。

だから、好きになれるだけでもすごいことですよね。それに続く苦悩さえ恐れなければ。

恋の苦しみほど幸せな苦しみって、ないんですけどね。恋の深さと傷の深さは比例するので。

今回も、いい一人旅でした。いつまでも変わりませんように・・・。

 

 

2016年7月 今ちょっとカットして短めにして、ここから付け足します。恋してた人より読者のが大事なので(ごめんよ好きだった人・・・)。

やはりというべきか、失恋の傷を癒しに旅行を考えてるらしき方の検索にこのページがヒットすることもあるようです。

失恋の傷癒し一人旅海外旅行(名前めちゃくちゃ・・・)はどんどん行くべきだと思います。

私は、「何か失くしたら必ず何か手に入れろ」っていう考え方の人間なので、失恋で文字通り恋を失ったのなら、海外で新しいものを見て知識を広げたり、経験を増やしたりしようとします。

だけど、旅行に行って吹っ切れたことは一度もありません。ある意味無駄な抵抗なんです。でも、そんなこと承知の上で旅行に出ます。何かを得ないと気が済まないので。

失恋と言っても片思いばっかりですけど、真っ直ぐ真剣に恋する人間なので、大して好きでもない人と付き合って別れるよりも、その片思いが終わった時のほうがよっぽど成長できてます。そして一人旅の経験もおまけでついてきています・・・。

だけど、失恋旅で想うのは、やはり失恋した相手のことだと思います。何を見ても、どこへ行っても。私は写真が好きなので、真剣に撮ってる時だけは忘れてますが、それ以外ではずっと想ってます。

理由は簡単です。その人が好きなんです。だから失恋なんですが。好きじゃなきゃ失恋にならないし。忘れようと思うこと自体が好きな証拠ですから、無駄なあがきをするぐらいなら、くたくたになるまで好きでいたほうがいいと思ってます。

クレヨン、使ったらなくなるじゃないですか。綺麗な色だけど、失くしたいなら早く使っちゃうんです。それには、ずっとなくなるまで使い続けないといけないから、ずっと書くんです。絵を描いたり、字を書いたり。ゴミ箱に入れたら、どこか違う場所でずっと残ってるかもしれないから、自分でなくなるまで使うんです。

使い終わった頃、新しいクレヨンを見つけますから。私はそれでいいんです。だけど、二度と同じ色のクレヨンは嫌です。前のクレヨンよりも、ずっと美しい色のものがいいです。

旅行中は、クレヨンで描き続けられます。捨てることはできないけれど、クレヨンを使ういい場所なのです。誰にも邪魔されずに想い思って、クレヨンを減らすんです。そして旅行から帰り、数か月か数年経つと、クレヨン、消えてなくなっちゃいます。

恋をした場所での旅行記のページが失恋旅行の検索にひっかかってしまったのか・・と思っていたけど、良く考えたら、このページは、恋をして失恋をしたという2つが盛り込まれたページでしたね。まんざら検索ヒットは間違ってもなかったか・・・。

でも願わくば、旅先で恋などしたくなかった。

失恋旅行のが良かったです。

次サルディーニャ行くなら、失恋旅行かな・・・。

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