ファンタライムの責任
夜寝る前だったか一度起きた時だったか、窓から外を眺めたら真っ暗だった。「黒」という感じの真っ暗。電灯なんてなかった。
こんなに暗かったら出たくても出られないなと思った。何も見えないもの。
だからなのか、パプアの朝はとても早いなと思った。ゴロカのマーケットなんて、朝6時ぐらいにはもう始まっていたし。
そして、早く寝ていた私も随分朝早くに目が覚めていた。この日は早くからツアーを予約してあったけど、それでもまだ時間がありすぎるほど早起きだった。
シャワーを浴びて支度をした後、椅子に座ってぼーっとしていた。ぼーっとする私の前には机。昨日喜んで飲んだ少し中身が入ったままのファンタライムが置きっぱなしだった机。
そのうち、ファンタ缶の周りに点々が見えてきた。ものすごく小さな点々が、ものすごくたくさん見えてきた。
寝ぼけて目がおかしいわけでもないし、幻でもなさそうだ。
そばに寄ってじーっと見てみた。
無数の蟻だった。
数十匹から数百匹。
日本で見る蟻とは比べ物にならないほど小さかったから、目が悪かったら絶対に見えなかったと思う。
パプアにしては近代的なホテルに泊まったつもりだったけど、蟻が通る隙間を確保したままで建ててしまったらしかった。
ファンタライムの缶のためだけにしてはすごい量だったので、どこかに相当量居住中だったと思う。
中に残っていたファンタをシンクに流して空き缶をゴミ箱に捨てて、確かゴミ箱にはビニール袋が入っていなかったので、ゴミ箱ごと外の廊下に出しておいた。蟻が外に出ていくように。
それから、机のあたりの蟻については、拭くようにして処理。
大きかったらパニックだったけど、見たこともないほど小さなアリだったので怖くはなかったから助かった。
蟻退治が終わるともういい時間で、蟻のために早起きしたようなものだった。
ゴロカ市内観光ツアー
では、ツアーへ。
この日のツアーは、「ゴロカ市内観光」で、料金は当時で8千円。何時出発か忘れたけど、ホテルの下で待ち合わせだったはずで、最初のスポットは博物館。
車で移動だったけど、そのドライブを全然覚えていないんだ。車の記憶が全くないなんて信じられない。
乗った証拠はあるけれど。
博物館まではほんの3キロほど。市内観光は半日ぐらいで全部回れるように予定が組まれているから、遠いところはないはず。
地元の人は車でも笑顔を送ってくれた。
マッカーシー博物館到着。当時の姿。
HPはないけど、グーグルマップの写真だと、今は屋根が赤いようです。
本物かどうか分からないけど、こんなものもあった。
この博物館は、残念ながら中での撮影は禁止でした。今は写真ありきの旅なので撮影禁止と聞いただけでツアーを申し込まないけど、当時はそれほど気にもしていなかった。今は写真OKなのかな。
博物館の中では日本人のガイドさんが説明をしてくれて、良く覚えていないけど、生々しい話だったのは覚えている。「うっ」と思うような話が多かったというか、パプアニューギニアって、人肉を食していたわけで、それ関連の話だった。
1つ覚えているのは、ちゃんと正確に記憶していないかもしれないけど、昔、一部の部族の間では、最初に生まれた赤ちゃんを生贄にして、死んだ後ハンモックの上に乗せておき、下に垂れてくる死骸の油を体に浴びてから戦いに行ったとかなんとか。不思議なことに、この話だけは今でも覚えている。
「殺されるためだけに生まれてくること」と、「殺すために子供を産むこと」という、2つの虚しさの極みのような行動があまりに悲しすぎて忘れられなかったので。
さて、次はコーヒー工場見学です。