謙遜という名の侮辱なき愛情
子供も参加していた。

もっと小さい子もいた。子供連れの親族が数人いたので。
結婚式が始まったのは、16時。この時点で20時過ぎで、4時間ちょっと経過していた。

子供たちも、深夜0時過ぎぐらいまでいたと思う。
元気だ。
私はというと、途中一度外に出て外のテーブルで話そうとしたけど、あまりにも寒くてすぐ中に戻った。
そのまま色々な人と話していたら、20時40分、スピーチが始まった。
まずは新郎のお父さん。そして、その後はお母さん。

それから、新婦のご両親。

色々話していたけど、日本のような表面だけ美しいものとは全く違った。ちゃんと、人を褒めるのだ。自分の息子でも娘でも。
「こんなできの悪い娘をもらってくれて」などとは口が裂けても言わない。謙遜という名の侮辱をするような親はいないし、それが冗談としてまかり通るような慣習もない。
だから、聞いていて気持ちが良かった。息子は多言語を話すし、フィンランド語もそのうちマスターするだろうみたいな感じで、優秀振りを堂々と話していた。日本人なら、息子を褒めたとしても、「本当に自分の息子なのか疑うぐらいです」などと、親の自虐を入れて子供への褒め言葉を薄めなければならなくなるが、そんなことはしない。
招待客にも、「単に自慢したいだけだろ」「あそこまで言われると腹立つよな」みたいなゴキブリ的人種はいない。
素直に愛する家族を褒めるため、聞いていて気持ちが良かった。
どうして日本ではこういかないのだろう。
もちろん、冗談がないわけではない。ただ、先ほどの、新郎の、たった4つのために一晩中引き留めてはいけないだろうからとかというのと同様、いい方向に冗談を言う。
この次に、新郎の友人代表として親友がスピーチをして、新婦のほうは、妹さんがスピーチをしたけど、そちらのほうは冗談満載だった。特に妹さんは、「バカにしない毒舌」が素晴らしかった。何を言っていたか忘れてしまったので、素晴らしいと言っても説得力はないけれど。
最後は涙ボロボロだったのは覚えている。特に、新婦の時。新婦と妹さんは、とりわけ仲が良かったらしく、本当に涙涙になっていた。
妹さんは、ブライズメイドだったけど、この時はドイツに住んでいて、看護師さんらしかった。国際人家族だ。
時刻は21時。結婚式が始まってから5時間が経過。
ケーキカットからサンキュースピーチ
ケーキカットが始まるようだったけど、

ケーキカットがあるのを知らなかったので、何をやるのか分かっていなかった。
後ろ姿しか見えなかったため、

ズームしてみて、ようやく何をしているのかが見えた。

これは逆を向いてやって欲しかったと思う。
ケーキカットが終わってからケーキを取りに行った。これがウェディングケーキだったのかどうかは分からないけど、1切れ頂いてきた。

そのままデザートを食べながらの歓談時間があり、21時40分、又何かが始まるみたいだった。
「新郎新婦のご挨拶です」と。

新郎新婦はしゃべらないような気がしていたけど、そうか、サンキュースピーチはやらないといけないか。

今思えば、ダンスのオープニングスピーチということだったのだと思う。

新郎に続き、新婦もスピーチ。

こちらも何を話していたかほぼ覚えていないけど、遠くから来てくれてありがとうの国の中に、ジャパンが入っていたのは覚えている。その辺、さすがはちゃんとしているなと思った。ホストなので、ゲストがどこの国から来ているか全部把握して、もれなく全部の国を言ったと思う。10か国ぐらいかな。
全てが美しかった。
結婚式も、ホストもゲストも。
そしてダンスが始まった
スピーチが終って、21時50分、一番端のテーブルのゲストはどいてちょうだいねのお願い。
そして、ダンススペースがつくられた。
とりあえず先に食事の後片付けがあったので、一旦全員席を離れる。

飲み物を選びに。このバーテンさん、一晩中忙しかったと思う。

22時過ぎ。結婚式開始から6時間経過後、ダンスパーティーが始まった。
まず最初は、新郎新婦。

息の合った社交ダンスを披露。練習したんだろうなこれ。

この時だけ新郎が緊張してそうに見えたのが新鮮だった。新婦はウェディングドレスだし、踏まないようにものすごく集中していたと思う。
新郎新婦のダンスが終わった後は、もちろんすごい拍手。
そして、今度はみんなが社交ダンスをする番。

ここでちょっと、どうしたらいいんだろう感がよぎった。
踊る相手がいない。
社交ダンスは1人では踊れない。
だけど私は一人だ。
私には手も足も出ない時間がきた。

そこでちょうど、新郎のご親族に話かけられた。ご挨拶をしたりしていたら、社交ダンスタイムが終わった。
もしかしたらもしかして、私が一人だと分かっていたので話しかけてくれたなんてことだった可能性もなくはない。
干渉レベルは低いが、気の使い方も日本とは違う部類だし、そこまでの配慮があっても不思議ではないとも思う。
チーク時間が終ると、次は、ゆるやかダンスタイムに入った。
新郎のお姉さんが、おんぶひもで赤ちゃんをしょってダンスをしていたのが素敵だった。
私はまだ、少しゆらゆらしながらビデオを撮っている段階。

この後、音楽がゆるやかでなくなった頃に、全面参加。
ただただ踊る時間
バンドはいなかったけど、確かDJはいたはず。
ミュージックのセレクションが良かった。R&B系が多く、80年代とか、90年代とかが中心な感じだった。プリティーウーマンもかかってたけど、あれはもっと古いね。聞いたことがある曲ばかりで、一緒に歌えたものもあったので、めちゃくちゃ楽しかった。
途中、久々に飲んでみようかなと思って前夜祭でちょっとだけ飲んだ、ジンとグレープフルーツジュースの缶を飲んだ。
お酒が合わなくなっており、飲むと数時間で体中の血液が全部回っているような感じになって、凄まじい偏頭痛が始まり、顔面まで痛くなり、救急車を呼びたくなるという症状が出てから数年間、まともに飲んだことはなかった。飲んでいる最中は大丈夫なので、具合が悪くなるとしたらホテルに帰ってからなので、翌日はつぶす覚悟で飲んだ。
ロングドリンクっていうやつ。フィンランドのお酒だと思うけど、今はたくさん種類が出てるし、日本でも買えるみたいだ。見たことないけど。
ロングドリンクの缶を片手に、ただただ踊りまくっていた。
フィンランドへ行く前、突然アバのダンシングクィーンが聞きたくなって運転中にずっと聞いていたため、ダンシングクィーンがかかった時なんかはもう大盛り上がりで隣のレディーと一緒に大声で歌って踊っていた。
歌は、社交の一環として、歌詞を覚えたほうがいい。文化が違うとその歌の中で育っていないため、どれほどその国の言語を習得していたとしても、歌えない。一緒に歌えるかどうかで親近感が全然違ったりするので、その辺も、昔は結構気を遣って覚えていた。流行の歌の歌詞を覚えるだけではなく、有名な古い歌の歌詞を覚えるのも大事だと思う。
もう今ではどこの国の流行の歌も分からないけど、昔覚えた歌の歌詞はそれなりに覚えているし。
そして、歌えるなら歌い、歌えなければただ踊りで、難病を経て、もう踊れないと思っていたけど、踊る踊る。
2時間ほど10センチを超えるヒールで踊っていたけど、途中でついにヒールを脱いだ。そしたら、ガラスが割れているから気を付けるんだよと、優しいバーテンのお兄ちゃんに言われた。飲まなくなっていたので、酒場の危険度も忘れていた。
グレープフルーツのロングドリンク、3本ぐらい飲んだ後、次を取りに行ったら、もうなかった。同じ会社の飲み物で、ウォッカにライムの緑の缶ならあったので、それにした。
お酒を飲んでいた時は、ウォッカばかりだった。久々のウォッカ。なんと懐かしい味。だけど、さすがにウォッカであり、なんかやっぱりジンのほうの缶とは違ってお酒お酒感がある気がしたため、1本にしておいた。
因みに、全然酔ってはいなかった。その場で踊り狂って汗で出てしまっているというのもあっただろうけど、お酒を飲めることと体がお酒を受け付けることは別だし、飲まない人が酒に弱いとも限らない。
「お酒を数年振りに飲んでみる」という試みと共に踊り続ける私、その最中にちょっと話したりしたけど、聞こえないのよ。そのぐらいのボリュームで音楽をかけていないと盛り上がらないので、しょうがないけどね。
でも、みんなの踊る姿を見てつくづく思ったけど、踊りのうまい男子は、本当にかっこいいというか、何て言うのかな、魅力的っていうのともちょっと違うし、他の男子とは一線を画すというのが一番似合った表現かな。見とれた。足が違うんだよ足が。
新婦の妹さんの彼氏と新郎のロンドンの友人が踊りがとても上手くて、その2人の彼女もどちらも踊りが上手だった。
思い返してみれば、踊れる男性のパートナーの女性が踊れないのを見たことがないと思った。必ず2人で仲良く踊っていた。
踊れる女性に踊れない男性がつくことはあっても、踊れる男性に踊れない女性がつくのは珍しいのかな。
何をしていても楽しかった。踊っていても、見ていても。
誰も何も気にしないで、好き勝手に踊っていた。
そして私も、好き勝手に踊っていた。
結婚式の終わり
深夜2時。いよいよお開きで、会場の電気がついて明るくなった。
宴が数日続く国もあるらしいので、16時から始まり10時間で終わったのなら、そんなに長くもないのかもしれない。
みんなボロボロの姿になっており、私もヒールを脱いで裸足だし、目にクマもすごかったと思う。
もう歩く気もないため、歩いて帰れる距離だったけど、フランス人の友達と友達の彼女と3人で、ホテルまでタクシーで帰ることにした。
そういえば、踊っている時、彼女がきて、「私のこと、怒っているでしょう。結婚式に遅れて。すっごく怒っているでしょう・・・。本当にごめんね」とほろ酔いで謝りに来た。結婚式がどういうものか分かったのか、反省しているようだった。もちろん、大丈夫よと返事をした。
そして、2時20分頃に会場を出てタクシーを呼ぼうとしたけど、流しのタクシーはいないし、呼び方も分からなかった。
困っていたら、新婦のお母さんが来て、スマホを開き、多分ウーバであろうアプリでタクシーを呼んでくれた。まだUberを知らなかった私は、1分ぐらいで到着したUberにえらいこと驚いた。
どこにいたらそんなに早く来られるのだろう。
新郎の友人も同乗し、友達のホテルまで向かった。この新郎の友人はまだこれから踊りに行くらしく、私たちをおろした後、1人タクシーでどこかへ行った。
翌日の便でカナダに帰ると言っていたけど、素晴らしくタフだ。
私は友達と彼らのホテルで降り、彼らは翌日の夕方のフライトで戻ると言っていたので、昼間に会おうねなんて言う話をして、「テキスト送るね」と言って別れた。
「帰ってきたよ」な1枚を、エレベーターで。2時55分。

お風呂を入れて、シャワーを浴びて、寝支度。4時ぐらいになっていたかな。
1人で出席することについては考えさせられたけど、10時間続いたフィンランド結婚式は、何もかもが綺麗だった。
何だか大仕事を終えた気分で、眠りについた。
