②同意なき臓器切除を、昭和大学医師井上晴洋はどう正当化したのか

※本記事は、以下のメイン記事の詳細・補足です。



脾臓がない?

2018年3月まで

2018年3月、転院先のCT読影結果を見ると、「脾臓摘出後」と記載がありました。誤りではないかと思いその病院に問い合わせました。すると、一年前の2017年1月に同病院で撮影されたCTの読影時点ですでに脾臓は確認されていなかったことを、この時初めて知らされました。


事前に遠隔転移が認められていなかった父の場合は、胃癌のガイドラインに従えば、脾臓合併手術を含めた拡大手術などではなく、通常の定型手術(胃全摘D2リンパ節郭清)の範囲内でした。

そして、目的が転移巣の切除ではなく、「リンパ節郭清」であり、リンパ節10番付近にある脾臓を一緒に摘出したほうがリンパ節の郭清をより完全に行えるからという理由で脾臓摘出がなされることもあるようですが、それであれば事前に脾臓摘出についても同意・説明があったはずです。

又、どんな理由でも、術中に予定外の摘出があったとしたら、事後に知らされるはずです。

しかも、リンパ節完全郭清のためだったとしても、脾臓の摘出は必須ではなく、もちろん脾臓温存もでき、摘出又は温存についての決まりはないようでした。摘出と温存の二者択一について、いずれの説明もなかった以上脾臓は当然に温存されているものだと考えました。なので、CT読影の記載が誤りである可能性を疑いました。

摘出と温存という二者択一について、いずれの説明もなかった以上、脾臓は当然に温存されているものだと考えました。

また、父には肺気腫がありましたから、一度感染すれば状態が増悪する可能性があり、免疫力の低下は致命的ともなり得ます。事前に脾臓摘出と言われていたのなら、免疫力低下を危惧し、父も私も断固として反対したはずです。胃の手術ですら、全摘ではなく胃の上部のみの手術にはならないのかと井上晴洋に聞いたほどでしたので、臓器をもう1つ摘出するなど、それも、転移もしていない臓器を取るなどということは、もちろん全くの論外でした。

ですが、井上晴洋も父の肺気腫については良く理解していたため、肺気腫の患者から免疫の臓器を摘出するのならば理由を問わず当然説明があるはずであり、又、同意のない手術を行い、事前事後も何ら説明もしないなどという重大な過失の連続では犯罪行為としか言えませんので、脾臓は切除されていないのではないかと思っていました。とはいえ、脾臓は見当たりません。井上晴洋に聞きに行くしかありませんでした。


今なら徹底的に罵倒して叩きのめしに入りますが、あの頃の私はまだとても優しく、誰かに文句を言うようなこともしませんでした。今では、知能指数の高低が判断力や仕事の質にどのような影響を与えるかも想像がつきますし、多くの人が杜撰な仕事しかたを承知していますが、当時は、みんなまともにちゃんと働いているのだろうと思っていました。そして、仕事をしている相手に失礼にならないようにと、怒鳴られるようなパワハラ対応を受けても、いつも我慢して笑っていました。

当然、父の手術をした医師に対して他の臓器まで取ったかなどと聞くようなことは、大変失礼なことだと思っていました。2018年3月、私と父は、まず、井上晴洋に会う前に、カルテ開示だけ行って確かめてみることにしました。ですが、昭和大学江東豊洲病院へ行った際、「臓器を取るのに同意を得ていないなんて信じられない」と、医事課のS木と意見が一致し、うちはそんな手術はしないし普通の病院ではそんなことはしないとS木が言うので、井上晴洋本人に確認すればすぐに分かるだろうということになり、この日はカルテ開示請求はせず、後日井上晴洋に会うことにして帰宅しました。

そして翌月井上晴洋に会いにまた昭和大学を訪れましたが、驚くべき暴言の連続でした。



臓器は勝手に切って捨てました

2018年4月3日(井上晴洋との最初の面談)

私は一人で行き、一人で井上晴洋と面談しました。これまでの井上晴洋の怒鳴りぶりや高圧的な態度を考慮し、録音機を持参していました。

井上晴洋は、相変わらず椅子に浅く腰掛けてふんぞり返って座ったままという失礼な態度で診察室で私を迎えました。

脾臓はあるものと願って面談に臨み、「脾臓がないと言われたのですが」と切り出すと、井上晴洋は、常に脾臓を取っているようで、何ら驚きもせず、手術半年後のCT画像を見ながら、脾臓は見つからないので多分取っていますねとあっさりと認めました。

謝りもしないどころか悪びれもせず、その後、信じられない内容の暴言を続けました


何の事前説明もせずに臓器を取るのかと聞けば、脾臓は取っても問題はないので、

「胃癌の手術の際に脾臓を取るかどうかはそんなに重要なことじゃない」

と言い、人間から臓器を取ること自体を、重要ではないと言い切りました。

生まれてから4週間は大事だけれど、その後は重要ではないので

「僕らも(脾臓は)気にしない」

そうです。医師自身の臓器ではなく、患者の臓器の話ですが。


そして、脾臓を取ろうが取るまいが患者には関係ないそうで、同意なく人の臓器を切るのは犯罪となり得ますが、

「胃癌患者の脾臓を取ることは大問題ではない」

と言い放ちました。


脾臓切除の理由聞いても説明できず、しようともせず、リンパ節郭清のために勝手に取るが患者には告げないとのことでした。


私が、臓器が1つないと言われたら驚くのは当たり前だと言いかけると、井上晴洋は、ふんぞり返ってのばしていた足を床で蹴って椅子ごと後ろへ移動し、





と言って、モンスターペイシェントの気ちがいを見たような態度で、脾臓を切除されて驚いている私をバカにしてきました



正当な手術をしたであろう医師に同意をしていない手術をしたかなどと聞くのは失礼だと悩みましたが、全く無駄でした。この男は、何ら変わりもせずに威張り腐り、人の臓器を切っても何とも思わないという人間でした。


「この病院では脾臓摘出の際に何の説明もしていないのか」と聞くと、又しても

「うわあああああああああああ」と狂った扱いでバカにされ、

「そういうふうに言われるともう・・・」と悲しんでいる医者ぶって、女の子のようにシュンとしているそぶりを見せてきました。非常に気持ちが悪かったです。


何一つ医師としてふさわしい回答はなく、被害者は進行癌だったから癌が取れるかどうかが問題で脾臓を取ることは大問題ではないだのと言った挙句、



「何か脾臓にものすごくこだわる理由はあるのか」



と、自分の臓器に拘る理由を逆に聞いてきました


全ての人間は、自分の体を傷つけられない権利を持ちます。自分の体に何が起こってるか知る権利を持ちます。

自分の体を守るために、自分の体に拘る必要はありません。自分の体に拘りを見せない者に対しては傷害行為を行っていいという法律はありません。

井上晴洋の言っていることは、人間の世界の次元を超えていると思いました。


そして、臓器が1つなかったのに、



「そんなに驚くことじゃない」



と言われました。あったはずの自分の臓器がなくなっているのに、驚かない人がこの世にいるのでしょうか。


病理検査結果もなかったので、病理にも出していないのかと尋ねると、脾臓の転移は稀だから摘出しても普通は病理検査に出さないとのことでした。

病理検査に出さなければ、転移の有無が確定できません。ですが、どうせ転移はしないから脾臓は出さないとのことだった。ですが、本当に転移していなかったかどうかは、病理検査に出さないと分かりません。通常の脳内処理の人間の論理展開ではありませんでした。

では脾臓をどうしたかと聞いたら、保存しておくわけにもいかないので捨てるとのことでした

昭和大学江東豊洲病院では、脾臓を勝手に切って捨てているそうです。


父は喫煙者でしたが、2015年11月の胃全摘手術までの72年間、肺炎で入院したのは、2007年冬と2015年の夏の2回だけでした。2007年に初めて肺炎で入院した時に肺気腫が発覚し、すぐにタバコをやめました。

禁煙から8年後の2015年の夏に再び肺炎になりましたが、大事をとって1週間程度入院しましたが、重篤なものではありませんでした。それが、2015年11月に井上晴洋から手術を受けた後は、2018年6月までの間に、3回肺炎で入院しています。

度重なる肺炎で肺気腫は悪化したと思われ、以前よりも病状が進み、死亡時も肺炎でした。

ですが、井上晴洋は、「お父様は、おタバコを吸われていましたからね」と言いました。タバコを辞めたのは死亡の11年も前で、連続の肺炎が起きたのは、井上晴洋に手術を受けてからですが。


父は自分の臓器が一つ足りないことも知らずに生きていましたが、例えば犯罪となっても同意なき臓器切除をして患者の臓器を無断で捨てる権利があると信じているようだったので話になりませんでした。

井上晴洋に臓器摘出の理由を聞いても、脾臓がなどいらないのだから勝手に取られたぐらいで驚くなという返事なため話が進まないので、なぜ同意もなく摘出をしたのかをきちんと書面にて確認しようとし、手術レポートを出すように頼みました。井上晴洋はマウスを持って目の前のパソコンの電子カルテ(私にも見えていた)のファイルを探し、クリックしようとしましたが、「あまりそういう探し方をしないので」と、ファイルを開かないでやめました。脾摘について書かれていたら困るので、私が退室してから見ようと思ったのだと思います。

私のほうも、臓器を勝手に摘出したというだけでも十分なのに、自分の父親の臓器などいらないと言われ、その上それを勝手に捨てたということがものすごくショックであり、会話はしていましたが、ショックで吐き気もしていたため、その日は帰宅することにし、電話連絡を待つことにしました。


帰宅後、とても父に私から説明などできず、ただ井上晴洋の証言の録音を聞かせました。相当ショックだったと思います。

自分の脾臓はいらないものだと勝手に決められ、同意もなしに切って捨てたという録音を聞きながら、

「俺の脾臓なのに・・・」

とぼそっと言いました。私は、この時の父の言葉が忘れられません


「脾臓がいらないもんだって言うなら、お前が自分の脾臓を切れよ。俺は脾臓が要るんだよ」

父は、そう思っていたはずです。



2018年4月4日(井上晴洋からの電話)

翌日の夜、井上晴洋から電話がありました。手術レポートを含めて全て確認したけれど、脾臓摘出については一切書かれていないので、「証拠がないから」脾臓はとっていないかもしれないと逃げ始めました。

CTで見当たらなくてもカルテにも書かず病理検査にも出さずに捨てていれば、胃を摘出してもしていないと言い張るのだと思います。物理のほうが先ですから、「カルテにないから取っていないかもしれない」ではなく、「カルテには記載していないが、CTで見当たらないので切ってしまったのだろう」というのが、通常の人間の思考回路だと思います。

また、脾臓は捨ててカルテにも書かないと言っていましたが、それでは犯罪になりえると誰かから聞いたのか、証拠がないことをいいことに、急に主張を変え、摘出したのならきちんと記録をつけますと言い出しました。

とはいえ、この後の二度目の面談では、脾臓は同意なく勝手に切るがカルテには毎回書くわけではないと再度自白していましたが。


そして、摘出していないのなら、脾臓は萎縮している可能性があると言っていました。CTに写らないほど萎縮するのなら、1ミリ以下ぐらいになったということでしょうか。

だったらどれが萎縮したという脾臓なのかを見せて頂かなくてはいけませんから、記録の全て、萎縮したという脾臓が写っているCT画像のスクリーンショット、その他画像はCD-ROMに入れ、その3つ全部揃ったら連絡するということで電話を終えたのですが、この時、手術動画はないと言っていました。嘘でした。警察に言われて提出していましたが、私には一貫して手術は動画を撮っていないと言っていました。



井上晴洋様の許可なくしては

2018年4月5日(CT読影と読影医との面談拒否)

翌日の4月5日、井上晴洋から連絡を待つ間、CTの撮影が何ミリだったかを尋ね、そして、読影医とも話がしたいと、医事課のS木に電話をしてみました。

聞いてみると言われましたが、「折り返しお電話します」とはならず、被害者であるこちらから改めて電話をかけ直すよう求められました。しばらくしてわざわざ被害者側からかけ直すと、読影医は全員都合が悪くて会えないと言われました。

ですが、読影間隔を聞いており、それが2.5ミリとの回答だけは得られました。つまり、2.5ミリ以上の構造物であればCT画像上で確認可能なため、脾臓は必ず確認できるはずです。

S木は、読影医はその日も翌日も偶然にもなぜか全員都合が悪くて会えないと言いましたが、どちらにせよ、井上晴洋または鬼丸学の立会のもとでなければ、私と読影医を面会させないよう、井上晴洋から指示が出ていると言われました。


そして、S木に、カルテ開示をしに来るかと聞かれました。井上晴洋から電話が来ることになっていると言いましたが、事務にてカルテ開示請求が必要だと言われました。そのような話は聞いていなかったので、変更があったのであれば変更があった側から連絡をするべきであり、たまたまこちらからかかった電話でついでに告げるような偶発的事由に頼って変更を告げるなど、社会人としてもおかしいので、井上晴洋から電話があるだろうから電話を待ちますと言ってS木との電話は切りました。

昭和大学の対応は、この時点で通常の医療機関の対応とは言い難いものになっていました。同意なき臓器切除で無断で廃棄していることをばらしたと、井上晴洋から聞いていたのだと思います。防御に入り出し、邪魔患者扱いをして遠ざけようとしていたようです。


2018年4月9日(住所変更の連絡及び催促)

病院登録の住所が前のもののままだったようなので、井上晴洋の秘書に電話をして住所変更を告げました。そして、カルテの件につき「ご連絡をお待ちしています」との伝言を頼みましたが、誠実な対応はありませんでした。


2018年4月12日(カルテ開示請求)

結局、「電話する」という井上晴洋の発言も嘘だったようで、1週間待っても電話がなかったため、4月12日、結局私たち被害者のほうからカルテ開示の請求をしなければなりませんでした。

説明責任を果たさない井上晴洋のために、自費で数万円も払ってカルテを入手することになりました。


2018年4月20日(5月1日へ向けての調整の電話)

カルテのコピーの準備ができたため、取りに行きました。この時も、手術動画はなかったと言われました。嘘でしたが。

カルテを確認しましたが、もちろん「脾臓」の文字すらありませんでした。ですが、そもそも手術レポート自体がたった数行で、その数行の記載により、行ったリンパ節郭清が「D2リンパ節郭清」だったと知りました。これは切除するリンパ領域のことですから、手術前の同意の際に患者にちゃんと告げなければいけないものでした。

脾臓をとった証拠がないのでとっていないため、脾臓であろう部分をCT画像上で指摘するとのことでしたが、CT画像のスクリーンショットに、膵臓の尾部であろう部分を指して、「萎縮脾の可能性?」と書かれていました。どうせ私には分からないだろうと思い、膵尾部あたりに丸をつけて、「これが萎縮した脾臓です」と誤魔化そうとしていたようです。

「どうやったらそんなところに行くんだよ」という感じですが。


2018年4月27日(5月1日は井上医師以外会わせられないとの回答)

二度目の井上晴洋との面談となる5月1日に向け、追加で病理医と読影医にも会いたいと、事務の女性に電話をしました。

ですが、鬼丸学と松尾海とを含めた3人の面談にすると、5月下旬ぐらいになるかもしれないと言われました。井上晴洋、鬼丸学、松尾海の全員一緒に同日の面談である必要はなく、同日であっても時間が違っても待つので構わないとまで言いましたが、鬼丸学も松尾海も昭和大学江東豊洲病院常勤勤務医でしたが、何故か5月1日は二人共偶然に外で診察をしていると言われました。

また、その時には苗字が思い出せませんでしたが、カルテを見たらもう一人伊藤寛晃という医師の名前の記載があったので、伊藤とも会いたいと言いました。

そして、5月1日は都合がつかないとのなら、1日に井上晴洋と面談をした後、後日でもいいから鬼丸学と松尾海と会いたいと言いましたが、女性は直接医師らと話しているわけではなく、井上晴洋の秘書を通して他の医師らが同席可能かどうか告げられただけのようでした。5月1日に井上晴洋と会った際に鬼丸学と松尾海とも会いたいと直接頼み、その後の調整をしてもらったほうが早いと言われました。


ですが、病理医や読影医となら会えると思っていましたが、夕方再度担当女性から電話があり、今度は病理医や読影医も全員調整がつかないので、5月1日は一度キャンセルして日付を変更して欲しいと言われました。日付を変えれば全員揃うのかと聞いたところ、分からないと言われました。

偶然にも誰一人都合がつかずはっきりした理由も言えないというのは変ではないかと言いましたが、女性は井上晴洋の秘書を通してやりとりをしているだけだとのことで、良く分からないようでした。

医師は独立しており、個々別に自己の判断を下せるはずですが、井上晴洋の完全なる独裁下のようで、結局、他の医師らは、私と会うためには井上晴洋の許可が必要で、井上晴洋が同席していなければ誰にも会わせられないとのことでした。

そうだろうとは思ったので、もう一度、井上晴洋はいなくてもいいので全員と別々の時間に会いたいとお願いし、井上晴洋が同席していなければいけない理由も尋ねました。

その後再び女性から電話がありましたが、井上晴洋の秘書からの連絡で、「5月1日については、井上医師以外は同席できないとお返事頂戴しました」と伝えられた。

やはり、外で診察しているわけでも休んでいるわけでもなく、ただ単に井上晴洋が独断で阻止していただけでした。自分に都合の悪いことを言われたら困るからだと思います。


近頃の脾臓は自分で動静脈を切れるのか

2018年5月1日(井上晴洋との二度目の面談)

5月1日、人の臓器を切った病院に自費診療にて金銭を支払い、また井上晴洋と一対一で面談をしました。もちろん録音していました。

井上晴洋が他に誰にも会わせないので、北村陽平、鬼丸学、松尾海らの全員が井上晴洋と同意見かと尋ねたところ、そうだと回答されました。

なので、全員みんな脾臓を切って捨ててもいいという井上晴洋と同意見です。


まず、膵尾部らしき物体を萎縮した脾臓だと誤魔化そうとしていたので、面談開始後すぐに、「これ、膵臓ですよね」と言うと、井上晴洋は、ばれて驚いたようで、黙ってしまいました

これが脾臓だと言うのなら脾動静脈はどこかと聞くと、胃の手術をすると萎縮する可能性があると言い、会話が噛み合いませんでした。萎縮したとしても、脾動脈はあります。そして、萎縮したとしても、場所は変わりません。脾臓があるべき場所で萎縮するはずです。この時点で、もう医者の返事ではありませんでした。


カルテに一切記載がないので証拠がないから取っていないだろうというのは、後件肯定の誤謬に基づく説明ですから、通常の医師ならこのような科学に反することは言わないと思います。

そして、手術の記憶はないけれど、何も証拠がないので摘出されたとは言えないと開き直り、もし摘出していてもそれを書くのを忘れたのかもしれないし、本当に取っていないのかもしれないが、摘出していないのならプリントアウト画像の膵尾部と思われるものが脾臓な可能性があるということで、では脾動脈はと聞くと答えられないと言う、何の進展もない会話でした。

拳ほどの大きさのある脾臓は手術後に突然理由もなく萎縮し、術後半年で約1センチほどまでに萎縮した上に他の臓器に貼りついており、CTで見えづらくなっている可能性があると本気で言っているのだろうと思いきや、それも言い切れず、これが脾臓だと断定しているわけではなくこれは脾臓ではないかもしれないが、脾臓は取ったかもしれないし取っていないかもしれないが、覚えていないし、カルテからすると取っていないが、だからと言ってこれが脾臓だとも言っていないと、

としか言いようがありませんが。

これは高度な推論を要する話ではなく、医学や論理に一定の理解があれば気づく矛盾です。私の知能指数は130を超えますが、関係ないはずです。


脾臓廃棄理由及びカルテ不記載理由については、私の父親の脾臓が小さかったから医学的に重要性がないと思って病理検査に出さずに捨ててカルテにも記載しなかった可能性があるとのことでしたが、

という感じでした。脾臓が小さいと医学的に重要ではないというのは、どこの惑星での話でしょうか。


人の父親の臓器を勝手に切っておきながら、勝手に切っても勝手に捨ててもお前の父親の脾臓が小さいから悪いんだという侮辱ぶりでした


今回の面談では、脾臓を取ったとするのであれば「胃癌をきれいに取るため」とも言っていました。子供の説明なので何の医学的意味があるのか分かりませんでしたが、脾臓を取らなければ胃癌をきれいに取れないのかと尋ねてみましたが、当たり前ですが、明確な回答はありませんでした。

脾臓温存でも胃全摘は可能ですから、胃がんを綺麗にとるというのは、言ってることが意味不明です。ですが、綺麗だろうが汚かろうが、同意していない手術の言い訳にはなりません。


もしも脾臓とリンパ節10番を残したのであれば、正式な手術名は、「D2」ではなく、「D2(-No 10)」だったはずです。ですが、執刀医は井上晴洋でしたが、胃、脂肪識、大網、そして脾臓等を摘出してそれぞれを分離した医師が誰だったのか、その後取り出した脂肪織内からリンパ節を検索した医師が誰だったのかは特定できず、伝えられることもありませんでした。

話の内容から、リンパ節検索を容易にする薬品等は使われていないようだったので、リンパ節検索は触診・肉眼だったのだと思います。また、病理医は、出されたもの全ての検査を行っただけで、脾臓摘出については関与していないはずです。

病理検査の結果では、確認可能だったリンパ節は12個でした。井上晴洋では、芋堀でもたった12個のリンパ節しかほじくれておらず、その中でも本当にリンパ節だったものはたった5か所のようでした。残りはただの脂肪等だったということです。国際対がん連合(UICC)のTNM分類では、胃癌のステージ確定に必要と思われる最低リンパ節検索数は16個とされていたようですから、12個など、最低数よりもまだ足りていない数でした。

血管も確かめないでザクザク切ってしまう人間だけあって、適当過ぎて、充分な芋堀りすらやっていなかったようです。ンパ節が数十個検索されていたのであれば、リンパ節転移数は5個よりも多かった可能性があります。それだと、最終的な癌ステージ診断も異なっていた可能性が高いです。転移していましたから。

※「芋堀り」=肉片や組織から小さなビーズのようなリンパ節を探すことです。リンパ節は多く見つけ出せたほうがいいので、癌の手術をした患者さんが「こんなにリンパ節をとられた」と医者を恨むのは間違っています。病理検査結果でリンパ節の数が多ければ、私ならその医者を立派だと思います。


その他、臓器を切るなら同意を取らなければいけませんよと言いましたが、同意をとらないということは、「重要性、医学的重要性がないことをあまり強調しないという意味だ」と、意味不明な説明がありました。

同意をとらない」ということは「同意をとらない」ということです。

同意をとらずに手術をするということは、ただ単に人間の体を傷つけたということですから、傷害という犯罪です。


最後まで、脾臓は重要ではないので同意なくして切っていいと言い張ってききませんでしたが、

という感じでした。

井上晴洋は、インフォームドコンセントをまるで理解していませんでした。


そのうち、「私たちは患者さんのために一生懸命頑張っている」と白々しく強調してきて、「癌を取ることが先決だからそれしか考えていなかった」等、言い訳がましい話が始まりました。喉頭がんだったのも分からず分かっても患者に告げず、胃がんは転移していましたので、何を一生懸命頑張ったのか知りませんが。


井上晴洋が脾臓を切ったことを認めなかったので、診療情報提供書(紹介状)にも脾臓に関する記載が一切なかった。

井上晴洋は、「今の医療機関に・・・脾臓は、切除した可能性があって・・・私井上が術者ですけれども、それを記載し忘れた可能性がありますということをご報告申し上げればいいですかね・・・」と開き直って偉そうに言っていましたが、自分が手術をしたが脾臓を摘出した可能性もありしていないかもしれないが摘出してもそれを記載し忘れたかもしれないなどという意味不明な紹介状をもらっても、もらった医師が困るだけです。

「それで患者さん、結局脾臓はあるんですかないんですか」と聞かれるだけです。


そして、同意なき手術をするのは全く悪いと思っていないようで、

「脾臓摘出を書き忘れたことが悪いのなら謝ればいいのか」

と聞かれました。


ですが、会話中、

「脾臓脾臓脾臓脾臓って言われてますけど、その、膵臓を取ったら我々書くんですよ。これはもう患者さんにとって大きく違うので。だけど脾臓は書くことと書かないことがあります」

と、はっきりとまた自白していた。


臓器を切ることがおかしいと思う私と、切ったのにそれをカルテに書かなかったことが悪いと思っている井上晴洋とでは話が合わず、医師として異常極まりないことをしておきながら、「だからもう、話がね、堂々巡りしてるんで」と、「お前の言ってることがおかしいからだろうが」といういう感じなのですが、偉そうに井上晴洋のほうから嫌がって話を終えようとしてきました。

そしてそのまま、脾臓ぐらいでガタガタいうなということで面談が終わりました


これがこの男の説明責任らしく、後はもう病院宛に手紙を出せと言われました。


約二か月後の7月1日、父は死にました。


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