②「脾臓がないと言った時の井上晴洋・北村陽平・鬼丸学・松尾海の対応」- 全ての癌患者と医療事件被害者へ

全ての胃癌患者のために
(あなたの脾臓はいらないものではありません)

井上晴洋、北村陽平、鬼丸学、松尾海らに手術を受けてコロナ感染防止にも大事な脾臓を切られた患者様を探しています。ご協力下さい。

概要は、上記の行をクリックして下さい。



※ この詳細数記事は医師用に作成したものですので、専門用語も入っています。あまり気にせず読んで頂いて大丈夫ですが、ご不明な点や難しい部分がある場合は、お問い合わせより、メールを下さい。



2018年4月と5月

4月3日(井上晴洋との最初の面談)

私は、一人で井上晴洋と面談した。井上晴洋は、相変わらず椅子に浅く腰掛けてふんぞり返って座ったままという失礼な態度だった。脾臓はあると思って会ったが、井上晴洋は、常に脾臓を取っているようで、何ら驚きもせず、手術半年後のCTを見ながら、脾臓は見つからないので多分取っていますねとあっさりと認め、謝りもしないどころか悪びれもせず、信じられない内容の暴言を続けた



何の事前説明もせずに臓器を取るのかと聞けば、脾臓は取っても問題はないので、胃癌の手術の際に脾臓を取るかどうかはそんなに重要なことじゃない」と言い、人間から臓器を取ることを重要ではないと言い切った。

生まれてから4週間は大事だけれど、その後は重要ではないので「僕らも(脾臓は)気にしない」と言い、脾臓を取ろうが取るまいが患者には関係ない上に「胃癌患者の脾臓を取ることは大問題ではない」と言い放った。脾臓切除の理由は説明できず、リンパ節郭清のために勝手に取るが患者には告げないとのことだった。



私が臓器が1つないと言われたら驚くと言いかけると、井上晴洋は、ふんぞり返ってのばしていた足を床で蹴って椅子ごと後ろへ移動し、



「う わぁあああああああああ」



と言って、モンスターペイシェントの気ちがいを見たような態度で、脾臓を切除されて驚いている私をバカにした



正当な手術をしたであろう医師に同意をしていない手術をしたかなどと聞くのは失礼だと悩んだが、全く無駄であり、何ら変わりもせずに威張り腐り、人の臓器を切っても何とも思わないという人間だった。「この病院では脾臓摘出の際に何の説明もしていないのか」と聞いたが、又しても「うわあああああああああああ」と狂った扱いでバカにされ、「そういうふうに言われるともう・・・」と悲しんでいる医者ぶってシュンとしているそぶりを見せ、気持ちが悪かった。



何一つ医師としてふさわしい回答はなく、被害者は進行癌だったから癌が取れるかどうかが問題で脾臓を取ることは大問題ではないだのと言い、



「何か脾臓にものすごくこだわる理由はあるのか」



と、自分の臓器に拘る理由を逆に聞いてきた

肺気腫の患者は当然に脾臓が大切だが、そういう問題ではなく、全ての人間は自分の体を傷つけられない権利を持つ井上晴洋は拘らないと脾臓を切るようだったが、自分の体にあるものは拘らずとも持ち続ける権利がある。勝手に腕を切ることも犯罪なら、勝手に臓器を切ることも犯罪である。腕を切られて「何故腕に拘るのか」と聞くなど、狂気の犯罪者である。



そして、挙句の果てには、臓器が1つなかったのに、



「そんなに驚くことじゃない」



と言った。自分の臓器がなくて驚かない人間がこの世にいるのか常に人の脾臓を切り続けて生きている人間は脾臓がないことに慣れているだろうが、こちらはまともな人間であり、臓器がなければ驚くのは当然である。



病理検査にも脾臓を出していないようだったのでそれについて尋ねると、脾臓の転移は稀だから摘出しても普通は病理検査に出さないとのことだった。病理検査に出さなければ転移の有無は確定できないが、どうせ転移はしないから脾臓は出さないとのことだった。ではどうしたかと聞いたら、保存しておくわけにもいかないので捨てるとのことで、昭和大学江東豊洲病院では、脾臓を勝手に切って捨てているようだった。



被害者は喫煙者であったが、2015年11月の胃全摘手術までの72年間で、肺炎で入院したのは2007年冬と2015年の夏の2回だけであった。2007年に初めて肺炎にて入院した際に肺気腫が発覚し、それ以来喫煙をしていなかった。8年後の2015年の夏に再び肺炎になったが、重篤なものではなく、1週間程度の入院であった。2015年11月の胃の全摘手術以後は、2018年の6月までの約2年8か月の間に肺炎で3度入院しており、度重なる肺炎にて肺気腫は悪化したと思われ、以前よりも病状は進み、死亡の原因も肺炎であった。だが、井上晴洋は、被害者は煙草を吸っていて肺が弱かったからだと言った。喫煙者は五万といるが、連続で肺炎になる人はそれほどいない



被害者は自分の臓器がないことを知らずに生きていたが、同意を欠いても脾臓なら構わないという通常の人間とは思えない解釈であったために話にならず、なぜ同意もなく摘出をしたのかをきちんと書面にて確認しようとし、私が手術レポートを出すように頼むと、井上晴洋はマウスを持って目の前のパソコンの電子カルテ(私にも見えていた)のファイルを探し、クリックしようとしたが、「あまりそういう探し方をしないので」と、ファイルを開かないでやめた。脾摘について書かれていたら困るので私が退室してから見ようと思ったのだろうが、私のほうも、臓器を勝手に摘出したというだけでも十分であるのに、自分の父親の臓器などいらないと言われ、その上それを勝手に捨てたということがものすごくショックであり、会話はしていたが、ショックで吐き気がしていたため、その日は帰宅することにし、後日電話連絡を待つことにした。



尚、上記の会話は、この日だけでなく、全て録音している。昭和大学江東豊洲病院又は井上晴洋が「そんなことは言っていない」などと更に虚偽を続けるのなら、YouTubeに流す。



被害者は当時まだ生きていたが、私は帰宅後もとても説明はできず、ただ被害者に井上晴洋の証言の録音を聞かせた。被害者も、患者の脾臓はいらないと勝手に決めて同意もなしに臓器を切るという話を聞きながら、「俺の脾臓なのに・・・」と、相当にショックを受けていた。私は、この時の父の言葉が忘れられない





4月4日(井上晴洋からの電話)

翌日夜、井上晴洋から電話があった。手術レポートを含めて全て確認したが、脾臓摘出については一切書かれていないので、「証拠がないから」脾臓はとっていないかもしれないと言ってきた。それでは、カルテに書かなければ胃も取っていないことになってしまう。

また、脾臓は捨ててカルテにも書かないようだったが、急に主張を変え、摘出したのならきちんと記録をつけますと言い出した。何の説得性もないほど下らない言い分を主張してくる井上晴洋が信じられなかったが、この後の二度目の面談では脾臓は同意なく勝手に切るがカルテには毎回書くわけではないと再度自白していたので、この時だけ逃げるために虚偽を述べたと思われる。



摘出していないのなら脾臓は萎縮している可能性があるとのことだった。記録の全て、萎縮したという脾臓が写っているCT画像のスクリーンショット、その他画像はCD-ROMに入れたものの3つの準備ができたら連絡がくるということになり電話を終えたが、手術動画はないと言っていた。





4月5日(CT読影と読影医との面談拒否)

翌日の4月5日、井上晴洋から連絡を待つ間、CTの撮影が何ミリだったかを尋ね、そして、読影医とも話がしたいと医事課のS木に電話をした。聞いてみると言い、加害者側にも関わらず、なぜかこちらから電話はかけられないからそちらからかけ直せと言われ、しばらくしてわざわざ被害者側のこちらからかけ直すと、読影医は全員都合が悪くて会えないと言われた。

だが、読影間隔は2.5ミリとだけは回答を得たので、2.5ミリ以上のものならCT画像に写ることになり、脾臓があるのなら必ずCTに写っているはずだった。S木は、読影医はその日も翌日も偶然全員都合が悪く会えないと言い、どちらにせよ、井上晴洋か鬼丸学の立会のもとでなければ許可しないようにと井上晴洋から指示が出ていると言われた。



そして、S木に、カルテ開示をしに来るかと聞かれた。井上晴洋から電話が来ることになっていると言ったが、事務にてカルテ開示請求が必要と言われた。そのような話は聞いていなかったので、変更があったのであれば変更があった側から連絡をするべきであり、たまたまこちらからかかった電話でついでに告げるような偶発的事由に頼って変更を告げるということをおかしく思い、井上晴洋からの連絡を待つと言って電話を切った。





4月9日(住所変更の連絡及び催促)

病院に登録している自宅住所が旧部屋番号のままだったので、井上晴洋の秘書に電話をして住所変更を告げ、カルテの件につき「ご連絡をお待ちしています」との伝言を頼んだ





4月12日(カルテ開示請求)

1週間待っても井上晴洋から連絡がなかったため、4月12日、結局こちらからカルテ開示請求をした。電話をするというので待っていたが無視だった上、余分な臓器を切る手術に何十万も払い、自費で更に数万円払ってカルテを入手しろとのことだった。





4月20日(5月1日へ向けての調整の電話)

カルテ書類を受け取った。手術動画はなかったと聞かされた。カルテには、脾臓の文字は一言もなかった。手術レポートはたった数行であった。その数行により、行ったリンパ節郭清は「D2リンパ節郭清」と書かれており、リンパ領域がD2だということの説明もされていなかったので、この時初めて切除リンパ領域を知った。



ついていたCT画像のスクリーンショットプリントアウトには、膵臓の尾部であろう部分を指して、「萎縮脾の可能性?」と書かれていた。分からないと思い、膵尾部に印をつけ、「これが萎縮した脾臓だ」と誤魔化そうとしていたようだった





4月27日(5月1日は井上医師以外会わせられないとの回答)

追加で病理医と読影医に会いたいと事務の女性に電話をしたところ、鬼丸学と松尾海とを含めた3人の面談にすると、5月下旬ぐらいになるかもしれないと逆に言われた。人の臓器を切っておきながら自分の都合優先であった。井上晴洋、鬼丸学、松尾海との面談は、全員一緒に同日でなくても構わず、同日であっても時間が違っても待つので構わないとまで言ったが、鬼丸学も松尾海も昭和大学江東豊洲病院常勤勤務医だったが、5月1日は何故か2人共偶然外で診察をしていると言われた。

また、その時には苗字が思い出せなかったが、カルテを見たらもう一人医師の名があり、その医師(伊藤寛晃)とも会いたいと告げた。そして、1日は都合がつかないとのことだが、1日に井上晴洋と面談をした後、後日でもいいから鬼丸学と松尾海と会いたいと言ったが、女性は直接医師らと話しているわけではなく、井上晴洋の秘書を通して他の医師らが同席可能かどうか告げられているらしく、1日に井上晴洋と会った際に鬼丸学と松尾海とも会いたいと直接頼んでその後の調整をしてもらったほうが早いと言われた。



だが、病理医と読影医なら会えると思ったが、夕方再度担当女性から電話があり、病理医や読影医も全員調整がつかないので、5月1日は一度キャンセルして日付を変更して欲しいと言われた。日付を変えれば全員揃うのかと聞いたが、分からないとのことだった。偶然にも誰一人都合がつかずはっきりした理由も言えないというのは変ではないかと尋ねたが、女性は井上晴洋の秘書を通して伝言を頼んでいるだけであり、良く分からないようだった。医師は独立しており個々別に自己の判断を下せるはずだが、井上晴洋の完全なる独裁下のようで、他の医師は私と会うためには井上晴洋の許可が必要で、井上晴洋同席でなければ誰にも会わせないとのことだった。なので、井上晴洋はいなくてもいいので全員と別々の時間に会いたいと再度確認をお願いし、井上晴洋が同席していなければいけない理由も尋ねた。

その後再び女性から電話があり、井上晴洋の秘書からの連絡で、「5月1日については、井上医師以外は同席できないとお返事頂戴しました」と伝えられた。他の日でもいいから全員に会いたいという私の意向を全て伝えたそうだが、井上晴洋は私を他の医師らと絶対に合わせないようにしていたようである。





5月1日(井上晴洋との二度目の面談)

5月1日、人の臓器を切った病院に自費診療にて金銭を支払って井上晴洋との面談が行われた。井上晴洋が他に誰にも会わせないので、北村陽平、鬼丸学、松尾海ら全員井上晴洋と同意見かと尋ねたところ、そうだとの回答を得て会話が始まった。

従って、他全員、脾臓を切って捨ててもいいという井上晴洋と同意見ということである。



まず、膵尾部らしき物体を萎縮した脾臓だと誤魔化そうとしていたので、面談開始後すぐに、「これ、膵臓ですよね」と言うと、井上晴洋はばれて驚いたか、黙ってしまった。これが脾臓だと言うのなら脾動静脈はどこかと聞くと、胃の手術をすると萎縮する可能性があると言い、意味不明な会話だった。萎縮しても動静脈に繋がっていれば大きく移動することは不可能である。



カルテに一切記載がなかったため、電話時と同様、脾臓摘出についての主張は逆になっていた。手術の記憶はないが、何も証拠がないので摘出されたとは言えないと言って、もし摘出していてもそれを書くのを忘れたのかもしれないし、本当に取っていないのかもしれないが、摘出していないのならプリントアウト画像の膵尾部と思われるものが脾臓な可能性があるということだった。拳ほどの大きさのある脾臓は手術後に突然理由もなく萎縮し、術後半年で約1センチほどまでに萎縮した上に他の臓器に貼りついてCTで見えづらくなっている可能性があると本気で主張していたが、それも言い切れず、これが脾臓だと断定しているわけではなくこれは脾臓ではないかもしれないが、脾臓は取ったかもしれないし取っていないかもしれないが、覚えていないし、カルテからすると取っていないが、だからと言ってこれが脾臓だとも言っていないと、話は全く意味不明であった



だが、脾臓廃棄理由及びカルテ不記載理由については、被害者の脾臓が小さいから医学的重要性がないと思って病理検査に出さずに捨て、カルテにも記載しなかった可能性があると言った。井上晴洋は、人の臓器を勝手に摘出して病理検査にも出さず勝手に捨て、その理由を本人の脾臓のサイズのせいにし、小さいから悪いと患者を侮辱した

どんな大きさだろうが臓器を勝手に切ってはならず、臓器を摘出したのなら、どんな大きさだろうと病理検査に出さなくてはいけない。俺が臓器を切ったのはお前の臓器が小さいからだなどというのは、根本からして考え方が異常であり、ただの犯罪者である。



今回の面談では、脾臓を取ったとするのであれば「胃癌をきれいに取るため」と言っていたが、脾臓を取らなければ胃癌をきれいに取れないのかと尋ねても、明確な回答はなかった。脾臓温存でも胃全摘は可能であるが、どのような場合でも切除するのなら同意が必要なため、切除理由の問題ではない。



もしも脾臓とリンパ節10番を残したのであれば、正式な手術名は、「D2」ではなく、「D2(-No10)」となるはずである。だが、執刀医は井上晴洋だが、胃、脂肪識、大網、そして脾臓等を摘出してそれぞれを分離した医師が誰だったのか、その後取り出した脂肪識からリンパ節を検索した医師が誰だったのかは特定ができなかった。話の内容から、リンパ節検索を容易にする薬品等は使われていないようだったので、リンパ節検索は触診・肉眼だったものと思われる。病理医は出されたもの全ての検査を行っただけで、脾臓摘出については関与していないはずである。

井上晴洋では、芋堀でもたった12個のリンパ節しかほじくれておらず、その中でも本当にリンパ節だったものはたった5か所であり、残りはただの脂肪等だった。国際対がん連合(UICC)のTMN分類では、胃癌のステージ確定に必要と思われる最低リンパ節検索数は16個と言われているようで、最低数よりもまだ足りず、血管も確かめない軽率さだけあって、適当過ぎて充分な芋堀りすらやっていなかったようだった。ンパ節が数十個検索されていたのであれば、リンパ節転移数5個よりも数が増えていた可能性があり、その場合、当然に最終的な癌ステージ診断も異なっていた可能性がある。転移も早く見つけ出せていたかもしれない。

※「芋堀」=肉片や組織から小さなビーズのようなリンパ節を探すことを、まるで芋堀りをしているようなので、「芋堀」と呼びます。リンパ節は多く見つけ出せたほうがいいので、癌の手術をした患者さんが「こんなにリンパ節をとられた」と医者を恨むのは間違っています。病理検査結果でリンパ節の数が多ければ、私ならその医者を立派だと思います。



その他、臓器を切るなら同意を取らなければいけないと言ったが、同意をとらないということは、「重要性、医学的重要性がないことをあまり強調しないという意味だ」と、意味不明な説明だった。同意をとらない」ということは「同意をとらない」ということであり、「医学的重要性を強調しない」ということではない



そして、どうしても脾臓は重要ではないので同意なくして切っていいと言い張ってきかなかった。井上晴洋は、インフォームドコンセントをまるで理解しておらず、絶対に二度とメスなど持たせてはいけない人間であり、何としてでもこの男からメスを取り上げる必要があると思った。

「私たちは患者さんのために一生懸命頑張っている」と白々しく強調し、「癌を取ることが先決だからそれしか考えていなかった」等、言い訳がましい話ばかりであったが、癌を取ることが先決だった割に結局すぐ転移していたので、これも口ばかりである。



脾臓は、「いらない臓器」ではない。脾摘患者には肺炎球菌ワクチンが保険適用になるが、厚生労働省が人間にとって重要ではない臓器を摘出した患者のために税金を使ってワクチン接種を保険適用にしているわけがない。井上晴洋が脾摘手術を認めなかったため、そのような確定の診療情報提供書が入手できなかったため、脾摘の証明もできず、被害者にはそのワクチンが保険適用になることもなかったことはもちろん、脾臓が切られてワクチンが必要だったことも知らなかったそして、肺炎で死んだ。他の被害者の多くも感染して死んでいると思われる。

「今の医療機関に・・・脾臓は、切除した可能性があって・・・私井上が術者ですけれども、それを記載し忘れた可能性がありますということをご報告申し上げればいいですかね・・・」と開き直って偉そうに言っていたが、自分が手術をしたが脾臓を摘出した可能性もありしていないかもしれないが摘出してもそれを記載し忘れたかもしれないなどという意味不明な紹介状は、もらった医師が困るだけであり、結局、「それで患者さん、脾臓はあるんですかないんですか」と患者本人が聞かれるだけである。そんな適当な紹介状ではワクチンを受ける権利は得られない。

井上晴洋は、とても私と会話ができる知能指数の者には思えない上、心底鬼畜の化け物だと思った



同意なき手術をして人間の臓器を勝手に取ることが悪いのではなく、「脾臓摘出を書き忘れたことが悪いのなら謝ればいいのか」と聞かれた。そして、会話中、



「脾臓脾臓脾臓脾臓って言われてますけど、その、膵臓を取ったら我々書くんですよ。これはもう患者さんにとって大きく違うので。だけど脾臓は書くことと書かないことがあります」



とはっきり言い、被害者は結局切ったまま体内に残されたが、通常は同意もとらずに脾臓を勝手に摘出してカルテにも書いていないことがある自白した。もちろんこの会話も全て録音している。



臓器を切ることがおかしいと思う私と、切ったのにそれをカルテに書かなかったことが悪いと思っている井上晴洋とでは話が合わず、医師として異常極まりないことをしておきながら、「だからもう、話がね、堂々巡りしてるんで」と偉そうに嫌がり話を終えようとしたそしてそのまま、脾臓ぐらいでガタガタいうなということで面談が終わった

後は話すつもりはないらしく、病院宛に手紙を出せと言われた。それはつまり院長宛ということなので、院長も同意なく臓器を勝手に切除して捨てることを承知でやらせているようだった。



この日も、私は怒っていない振りをして話を合わせて帰った。既に警察に行っていたが、それも言わず、この日の会話の録音を持って、この後もすぐに深川警察へ行った。






そしてその後まもなく、父である被害者は、死亡した。



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